ライン ライン ライン
ライン [くやしい探検隊 結成の兆し] ライン
ライン ライン ライン
ライン

「やっぱり探検隊作ろうよ。」
 釣に行きたい、カヌーをしたい、キャンプに行こうなどなど、焼酎をあおりながらやりたいことを連ねているときに、その言葉が不意に出た。
 発言の主はSAYUKI。椎名誠が好きで、『本の雑誌』を定期購読している彼女らしい一言なのだが、個々の事象を探検隊でひっくるめてしまう発想がその時の僕にはなかったので、えらく新鮮であっけに取られてしまった。山好きアウトドア青年のYasが即座に賛同する。
「それいいよ。みんなで遊びに行こうよ。」
 さすが『山と渓谷』愛読者、このての話には反応が早い。しかし、ここからが僕らの僕等たる所以なのである。まずはSAYUKIから。
「探検隊の名前何にしようか。」
 もし近くに登山ナイフで削ったボンレスハムをつまみにスコッチウイスキーをストレートでたしなめる冒険野郎何ぞが聞いていたら、「しろうとさんは格好だけで本質に目を向けようとはしないから困るんだよ」と鼻で笑われるに違いない。しかし、ここで僕等が探検隊の本質を追求して話を進めていったら、僕等はアマゾンや東南アジアの熱帯雨林なんかをヒルだの蚊だのと格闘しながら、彷徨い歩かねばならないような気になってしまう。いつかはオーストラリアやパタゴニアへ行ってみたいという気はあるけど、それは観光気分で自然を楽しむ程度の、探検の本質からはやはり大きくはずれているものである。熱帯雨林は勘弁してもらうとしても、せめてツチノコやヒバゴン捜しくらいしない限りには探検とはいえないのではないか。SAYUKIの定義した探検隊とは椎名誠率いる『あやしい探検隊』の僕等版であり、何よりも重要なことは、ここで要求されるのはアドベンチャースピリットではなく、探検隊という大義名分であり、格好なのである。そして、そんなことは僕もYasも言葉にせずともわかりあっているのだ。てなわけで冒険野郎の悪意混じりの嘲笑をよそに、僕。
「くやしい探検隊ってのどう?」
 我ながらあさはかな発言であった。とりあえず、「SAYUKI、おまえが言いたいのが『あやしい探検隊』のことだってことはわかってるんだぜ」という思いを込めたにしては安直すぎる。自称・言葉の練金術師の僕としては、穴があったら入りたいくらいの洒落である。
「それいいよ。」
 SAYUKIちょっと待て。そりゃ『あやしい探検隊』を理解してもらったのがいくらうれしいからとは言え、もうちょっと冷静に考えろよ。まあ、クールなYasが却下してくれるからいいけどさっ。
「じゃあ、それに決まりね。」
 Yasまでどうしちまったんだよう。もうちょっと考えようぜ、もうちょっとさあ。
「どうせ行事の時に出張いっちゃって参加できなくてくやしい思いする人でそうだから。その人にとってはくやしい探検隊なのよね。隊則も決めようよ。なんかいいのない?おかもっちゃん。」
 こうなれば僕もとことんいっちゃうしかないのである。
「くやしいときは隠すことなくとほほ顔するってのどうかなあ。そん時のためにみんなとほほ顔の練習しとくの。」
「それいいねえ。」
「毎年忘年会の時にとほほ大賞決めたりしてね。」
 もはや僕にはこの流れを止めるとまではいかずとも、軌道修正する力さえもなく、逆に面白くかつ心地良く思い始めていた。

 そもそも始まりからしてとほほだったのだと、後にして思いつく。時は1995年12月28日、仕事納めのこの日、僕がおかあさんと呼び、なついているIさんのお父さんの通夜参列のため、納会のビールもそこそこに、葬儀場へ向かいタクシーに乗り込んだ。おかあさんは僕等が勤める地質調査会社のアルバイトさんで、僕なんか仕事はおろかプライベートまでお世話になりっぱなしなのである。僕がおかあさんと呼ぶにはいささか失礼な年齢なのだが、笑顔で受け応えしてくれるということは、本人も気に入ってくれているに違いないと、僕は勝手に理解している。しかし、僕とおかあさんが本当の親子だとしたら、おかあさんはヤンママだったことになり、当時だと雷族だったりするのである。三姉妹をもつ優しいおかあさんにも隠された真実があるのかと感慨深くなってしまうが、そんな事実は当然ありゃしない。おかあさんごめんなさい。
 葬儀場では緊張しまくりであった。なんせこちとら内地の風習を知らない道産子ときたもんだから、焼香の仕方なんぞもわかっちゃいない。焼香の仕方が内地だけに伝わる風習かどうかははなはだ疑問となるかも知れないが、例えば宗派によって仕方に差があって、それを知らないがばっかりに坊さんに叱られるのはいやだし、そのためにご遺族の方々あに不快な思いをさせるのも申し訳ないことだと思うと、緊張せざるを得なくなるのである。前に参列している人の動作を目に焼き付けて、頭の中でイメージトレーニングしてみる。まずは左右のご遺族に礼をしてから前方の遺影をじっと見る。おもむろにお香をつまみ、横にある火鉢に落とす。これを繰り返すこと三回、あとは合掌し再びご遺族に礼をしたらば落ち着いて引き返すのみ。ここで注意すべきは合掌の前に手を叩いてはいけないこと。ぱん、ぱんと手を叩くのは神社なんかの神前でやることで、仏前ではやらないという。そういえば高校の修学旅行で京都のバスガイドさんが拍手の仕方を教えてくれたときに言っていた。手を叩くのは一回だけだと一本締め、二回叩くと神頼み、三回だけだと寂しくなるので四回以上叩きましょうと。
 イメージトレーニングを二回繰り返したところで疑問にぶちあたる。この焼香の仕方は何宗の方法なんだろうか。仏壇の様式を見てもわかりっこないので、耳を澄ましてお経を聞いてみる。ここで軽く睡魔。わかるわけないよ、そんなこと。ふと横を見るとYasがお経をささやいている。そういやYasの特技はお経を読むことであった。ファーストキッスはお寺の鐘の下っていってたっけ。待てよ、お寺に鐘なんかあったっけ。富山の現場で泊まってた民宿の前の寺で、毎朝違った時間に鐘鳴ってたか。Yasの初恋の思い出に水を差しちゃいけないしなあ。となると、除夜の鐘叩くのはお寺ということになるのか。でも初詣は神社にしに行くのだから、除夜の鐘も神社のような気もするし。
 結論が出ないうちに僕の焼香の順番が来る。まずはご遺族の方々に礼をして。この時、それ迄ずっとうつむいていたおかあさんが不意にこっちを見た。目と目があった瞬間に、イメージトレーニングの成果が飛んでしまった。舞い上がったまま表に出ると、Yasが寄ってきた。
「おかあさんの娘さん見た?えっ、見てないって?たぶん後にいたのがそうだと思うんだ、似てたから。」
 さすがはYas、結婚という大舞台を踏んでるだけあって、僕とは落ち着きが違うや。
 葬儀場を後にして本八幡の駅に着いたときには、僕、Yas、SAYUKIの三人となっていた。この三人の取合せも今にして思うととほほである。そこで、三人のとほほ紹介を。
 SAYUKI。総経課所属。姉御的存在。この秋にご主人(Kibun)の転勤により、長年住み慣れた南行徳から引っ越しをする。このため、通勤時間が倍となり、「朝から旅行してるみたいよ」と、とほほ顔。
 Yas。僕の一年後輩。五月に隣の課の女の子(通称kon2)と結婚、その披露宴では数々の賛辞を贈られる。中でもF地質課課長の「彼は部下の鑑です」発言は圧巻で、その後しばらくは言いはやされることとなる。結婚式の二次会では「Yasが鑑で岡本が曇りガラス」と言うフレーズがあちこちから聞こえていた。こんな順風満帆なYasであったが、七月に「二年経ったらまた地質課に返ってきます」と言い残して出向となり、とほほ顔。←追記:そんなYasも今ではバツイチでさらにとほほ顔。
 そして僕こと岡本直人。地質課の筆頭ヒラ社員。具体的にどうとほほなのかということは種々様々な事情と書き手の特権として伏せさせていただくが、歌にすると、
 今じゃ言えない秘密じゃないけど できることなら言いたくないよ
 今話してもしかたがないし でも言いたくてしかたがないし
 しかたないやとわかっていながら どこかいまいち割り切れないよ
 先を思うと不安になるから 今日のところは寝るしかないね
                         「NO」 電気グルーヴ

ってな感じにとほほ顔。
 本八幡の駅に降り立った僕等は都営地下鉄新宿線から地上へと向かう長い長い昇り道を、決して階段など使うことなく、エスカレーターの左側にへばり付いて昇っていく。地上まで昇りきったときに三人で方針の確認をする。
「まずは腹に貯めておきたいところですよね。」
 通夜参列を控えていたため、納会の寿司やつまみをほどほどにしていた僕等は、Yasの提案を即座に了承する。店の種別は居酒屋・小料理屋系といったところ。諸般の事情により本八幡で飲む機会の多い僕は、条件に見合った店を頭の中で検索する。
「落ち着けるところがいいよ、あたしたち大人だから。」
 SAYUKIはそう言い残すと電車の中で読むための本を買いに、高架下商店街の本屋へと姿を消した。考えてみると本八幡にはチェーン店系居酒屋が多く、なんの気なしにそんなところばかり入っていたけど、あそこ等は決して落ち着けるところではなく、若者の奇声に頭の痛い思いをすることもしばしば。
「大人の飲み屋探し、しましょうか。」
 これがくやしい探検隊の映えある探検の第一歩となるのである。
 本八幡駅の北口出て、大通りを少し歩いてから細い路地に入る。入り口付近にはチェーン店系の居酒屋が並ぶが、歩を進めていくうちに派手派手しいネオンは影をひそめ、一棟に二軒の店が同居し、電球の切れかかったネオンが弱々しく灯る飲み屋街へと移行していく。しかし、それらの店の多くが寿司屋・そば屋・スナックといった手合いのもので、なかなか僕等の条件を満たしてはくれない。弱りきったネオンがついに力を失い、電気屋とふとん屋が姿を現したとき、僕等に方向転換の選択が迫っていた。このまま行くべきか、引き返すべきか。しかし、この選択にはさほどの時間を費やすことはなかった。なにせ三人とも後戻りが嫌いなのである。僕の場合、表向きは。この猪突猛進型がいつも裏目に出る。山歩きするときなどは、ちょっとまけば楽に行けるところでも真っ直ぐ突っ込んで行き、急斜面や滑落崖に遭遇して落下、傷だらけとなってしまう。こんなことが毎度毎度続くので、F課長などはボロボロの僕を見ても落ち着いたもんで、身体よりも先にカメラとか備品の安否を真っ先に心配するのである。しかし、プライベートではどうやら戻り道の連続らしいのだ。
 ふとん屋を過ぎ、少し歩くと、右手の路地にひっそりとネオンが輝いていた。路地を挟んではす向かいに居酒屋が二軒。表からその二軒の中を伺う。年末で賑わっていた本八幡もここまで入り込むと人影がまばらで、二軒ともあまり客が入っていない。どうやら落ち着くことはできそうだ。あとは野生の勘を頼って左手にある居酒屋の暖簾をくぐる。入り口は狭く見えたのにもかかわらず、中はかなり広い。客もカウンターに二人、テーブルに一組と少なく、年齢層の高い、いわゆる大人なのである。つまみの品数も多く、これはまさに僕等の求めていた、『大人の飲み屋』なのである。
「あたりだ。」
 六人掛けのテーブルに三人で座り、生ビールで乾杯、いつものように食いたいものを怒濤のように注文し、テーブルにこぼれ落ちんばかりに皿が並んだときに、誰とはなしにささやいた。この一年、悲喜交々であった僕等にとって、仕事納めの日に好みの飲み屋で酒を飲めるということは、実にささやかではあるが、至上の喜びといってもいいくらいのものなのである。
「今度からここを本八幡における拠点にしようか。知ってる人とバッティングすることなさそうだし。」
 諸般の理由により本八幡で飲む機会の多い僕は、したり顔で酒のピッチをあげる。
「つぎ、焼酎のお湯割でいい?」
 すっかり上機嫌の僕等は、規定のジョッキ二杯を難なくこなし、つぎになにを飲むかを考えていた。
SAYUKI、焼酎のお湯割飲めたっけ?」
「あたしはこれからは苦手にしたり嫌いだったものに挑戦して、好き嫌いをなくすようにしたのよ。」
「なんかいまさらって気もするけどなあ。」
「ってことは、〇〇さんや△△さんなんかとも仲良くしたりするんだ。」
「あたしが言ってるのはあくまで食べ物の話で、人に関してはそんなことちっとも思っていません。」
「いやいやそこはSAYUKI、もうちょっと大人にならなくちゃ。」
「違くてえ。もういい、焼酎ボトルでね。」
「お姉ちゃん、焼酎のボトルとポットにお湯ね。岡本さんは梅はいらないから、SAYUKI梅は?いらない。じゃあ梅一つお願いします。」
「あのぉ、ボトルの方、今日全部飲むみきれない場合はお持ち帰りとなるんですが、それでもよろしいでしょうか?」
 穴場の店とはいえ、変わったシステムである。別段焼酎のボトルの値が張るわけでもなく、日持ちのしない焼酎でもないだろうに。考えられることといえば、ボトルキープのスペースがないのか、はたまた「どうせこんなわかりずらい店に三か月以内に来ないんだろ」とたかをくくっているのだろうか。もう二度と来るなということなのかもしれないし。食べきれなかったつまみをタッパかなんかに詰めてお持たせしてもらうと、なんかうれしいと思うけど、焼酎のボトルのあまりだとさほどうれしく思わないのは、酒屋に行けば簡単にかつ安く手に入れられるからだろう。つまみはそうはいかないから。
「このお店、営業は今年いっぱいなんですよ。」
 なんと。いくら立地条件が悪くて客があまり来ないからって、こんないい店たたむなんてもったいないじゃないか。かといって、客が増え、俗化が進んでしまったら、こんないい店というフレーズが出て来るかどうかは疑問だが。なるほど、店の主人もこの葛藤の狭間で悩んだあげく、やむを得ず店をたたむ決心をしたというわけだ。そういえば僕等が前に溜り場にしていた『じゃがいも』も、いまじゃコギャルの巣と化しているもんな。閉店は僕等にとってはとほほなことでも、素直に受け入れてあげるのが客の心意気ってもんだろう。
「あの、そうではなくてですね、一月から店舗の建てかえをするんですよ。ですから、当分の間休店となりまして、七月から新装オープンとなるのですよ。」
 お持ち帰りのかかったボトルは、僕等の口から吐かれるとりとめのない世間話の代用品としてサクサクと飲み込まれ、あたかも日照りが続く九州のダムの貯水湖のように、その水位を減らしていったのである。
「ダムといえばさ、富山の現場の近くに新しいダムができたんだけど、そこの貯水湖カヌーや釣りが許可されてるんだよね。湖畔にはキャンプ用のスペースや駐車場、トイレや水場が完備されてるの。でもあまり知られてないからほとんど人がいない。だから小山さんと来年そこでキャンプしようかって話してるんだ。小山さんとこ、そろそろ子供連れ出せるっていうし。」
「岡本さん、それ僕も混ぜてもらえないですか。」
「はい、はいっ。あたしも参加したいです。」
「他にも単発で山や川に行こうよ。」
「まずはカヌーの講習会に行こうぜ。ゴールデンウイークに一緒に行くって約束してたのにすっぽかした奴いるしさ、Yas君。」
「だって岡本さん、結婚式の直前だったんだもん、しょうがないじゃないですか。あの時は確かENOさんも行くって言ってなかったっけ。」
「ENOも結婚準備で行けなかったんだよ。」
「わかりました。来年のゴールデンウイークはカヌーの講習会ね。」
「やっぱり探検隊作ろうよ。」
 ようやっと冒頭まで辿り着くことができた。

 ここまで来るとすっかり乗り気の三人組、名前も決まったし隊則も決まった。とりあえず僕の師匠である小山さんと、Yasの同期だけど年齢は僕より上のENOに声を掛けることにする。お次は活動案なのだが、ここからはシナリオ風会話文で。
岡:富山のキャンプは決定ね。
S:あんまり早い時期だと水冷たそうだから。
Y:七月がベストじゃない。
岡:行くだけで結構時間かかるからさあ。
Y:三泊四日ってとこかな。
岡:みんなで競馬場に行くっていうのは?
S:なんか違くない?
岡:空いてる土曜日に弁当持っていくの。みんなして百円単位で馬券買って、誰が最後に浮いてるか競ったりして。
Y:小山さんの子供には動物の生態の勉強になるし。
S:ピクニック気分でいいような気もするんですが、うちの庄司君せっかく競馬から足洗ったのに、また元に戻られるのは困るんですよ。
岡:勝ちゃいいんだよ、勝ちゃあ。
Y:ENOさんのとこ、奥さんの尻に完全に敷かれちゃってるから、馬券買わしてもらえないんじゃないの?
岡:奥さん税務署員だしな。
S:その回のとほほ顔は決まりだね。
Y:冬の上高地でテント張ってキャンプってのもやりたいんですけど。
岡:その企画通ったら俺すぐにとほほ顔するよ。
S:まずは結成式開いて役員を決めましょうかね。
 僕等は焼酎のボトルを店に残し、店員のお姉ちゃんに七月の再会を約束をして、駅へと向かった。くやしい探検隊はここにその産声をあげた…もとい、種付けされたのである。
 しかし、僕以外のメンバーは所帯持ちであるので、行事の時は僕だけ一人…さっそくにしてとほほ顔なのである。
                   以降に続く…といいんだけれど

ライン
ライン ライン ライン

くやしい探検隊

初期三部作

くやしい探検隊活動repoへ