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一、言葉遊びに遊ばれて
 『くやしい探検隊結成の兆し』を札幌の実家で書き上げた僕は、その出来映えにわなわなと震えていた。我ながら面白いと。当初四百字詰め原稿用紙五枚だった作品が、ワープロで挿入・挿入を繰り返すうちに、倍以上のボリュームになっていく。しかも、追加されていく文章のほとんどが本編とはなんら関係のない他愛のないぐだばなしばかりなのだが、くだらなすぎて面白い。あまり自分の文章に対し面白いを連発していると、夢枕獏のあとがきみたいだと思ったりもするが、ここまでくると文章を書くことに魅入られたような状態で、アドレナリンがあらぬ方向へとひっきりなしに分泌されていく。報告書執筆時には一度も感じたことのない快楽である。もっと言葉遊びに興じていたいと思い、『くやしい探検隊のテーマ』の作詞にとりかかる。実はメロディライン及び一番の歌詞は正月に作ってあり、二番以降は隊員みんなで考えようと思っていたのだが、風呂場で口ずさんでいるうちに三番までできてしまう。メロディはブルースを基調とした、くやしい探検隊らしい曲調で、あらゆる意味で一度聞いたら忘れないほど覚えやすいのではと思う。歌詞の方は探検隊の性質と活動内容をふんだんに盛り込み、韻と懐かしさを誘う言葉で彩ってみたのだが、後日新潟事務所のO野さんには「探検隊のテーマというより岡本さんのテーマよね」と言われてしまう。決して僕個人のテーマソングではないのだが、この曲はたちまち僕の心のベストテン第一位に輝き、僕の胸のターンテーブルを回り続けるのである。
 こうなると、早く誰かに見せたくてしょうがなくなってくる。しかしここは札幌、同胞たちは遠い彼方。ファックスしようかとも思ったが、実家のワープロなのでプリントアウトの仕方がわからない。姉ちゃんや親に見せようかとも思ったのだが、なぜかしらアカの他人に見せるよりも肉親に見せる方が、恥ずかしさを伴ってしまう。何故そうなるかについては疑問である。
  久々に出社して、何はともあれプリントアウトを済ませた僕は、合計8枚にのぼる文章を誰に見せようか考える。本当ならば誰彼かまわず見せて歩きたいところなのだが、これはくやしい探検隊のオフィシャルな文書であり、この文書に興味を持ったからと言われたって、不特定多数の人間を探検隊に加える気はさらさらない。要するに、探検隊に加えたい人にのみ公開すればよいのだ。となると、SAYUKIとYasにまず見せて、ゲラチェックをしてもらった後に小山さんとENOに見せる。SAYUKIには札幌みやげとともに渡し、反応をうかがうが、さすがに勤務時間内に読むわけにもいかないみたいなので、後で聞くことにする。Yasは出向にでているので、手渡しができず、いつもならとなりの課にいるYasの女房・kon2に託すのだが、今回は出向先にファックスする事にする。Yasの出向先は「高速道路技術センター」という日本道路公団の外郭団体(天下り先とも言われるが)で、うちの会社も大変お世話になっているお堅い会社である。そんなもんなので、遊びのファックスなんぞを送ってもいいような環境にいるかどうかが心配であったが、電話で聞いたところ、送信表があって、他人にたやすく見られないようにさえなっていれば大丈夫だという。そこで、送信表にもっともらしいことを記入する。
「次回業務の計画についてまとめてみました。修正箇所があればご連絡下さい。打ち合わせ日時については当方から連絡します。」
 ところが、このすきのない文章がかえって災いし、高速道路技術センターの職員数名に見られてしまったらしい。夕方電話をかけてきたYasは、いつになく沈んだ声で切々と訴えてきた。
「まあ、見られたことはしょうがないんですけどね。それにしても、飲み屋で話してないようなことまで書いてあるじゃないですか。」
「なに、お寺の鐘の下の話?」
「とかさあ。」
「やっぱりまずかった?」
「いやあ、幼い頃に遊び心でしたことですから、今さらまずいもなにもあったもんじゃないですけどね。」
「遊びだったんですか?」
「そんな頃からふつう結婚とか考えたりしないじゃないですか。それより、ぼくのことたくさん書いてるわりには、自分のことほとんどふれてないっていうのもひどいんじゃないですか。」
「書いたじゃないの。」
「また抽象的な歌や著者特権だので逃げるんだから。」
「決して逃げてるわけじゃないんだけどね。YasやSAYUKIのとほほみたいに公にできるような代物でもないもんだしさ。」
「まっ、いんですけどね。最近は『山と渓谷』読んでないから、『ビーパル』か『シンラ』にして欲しかったりするし。」
 いつになくなげやりなので、きっと僕の大作はYasを通じてはkon2の目に触れることはないのかと想像したりする。
 Yasの修正希望は却下する。隊員の暴露話は一連のくやしい探検隊シリーズの一つの核となるものであり、隊員は早かれ遅かれこの憂いにあうのである。僕以外は。とはいえ、それがもとでけんかなんぞに発展してもらっても困ったものなので、暴露話は可愛くかつ日常生活に支障を来さない程度のものにするので、隊員の皆様、ご安心を。
  『くやしい探検隊結成の兆し』は師匠・小山さんの自宅にファックスで送り、登場人物の一人でもあるおかあさんにもコピーして渡す。ちなみにここまでの作業を、僕はすべて勤務時間内に会社の備品を用いて行った。きっといつか天誅が下るかもしれない。
 翌朝、おかあさんが一言。
「うちの上の娘が探検隊に参加したいって。」
 神様、このような天誅であれば、私いつでも甘んじてお受けいたします。


二、選べし者の恍惚と憂鬱

くやしい探検隊結成のお知らせ
 このたび、岡本直人、SAYUKI、Yasの三人を発起人とし、『くやしい探検隊』なる奇怪な集団を結成することとなりました。”探検隊”などと物々しい名前ではありますが、つらい苦行荒行は避け、楽しいことを追及しようではないかということを目的とした集団です。くやしい探検隊結成までの秘話は「くやしい探検隊結成の兆し」なる文章を別途用意しましたので、ここではその活動案を以下に示します。
<活動案>
  ・某飲み屋における結成式
  ・カヤック講習会への参加(任意)
  ・遊園地におけるジェットコースター連続乗車合戦(観戦のみもOK)
  ・ダム貯水湖畔におけるキャンプ
  ・競馬場ピクニック兼馬券購入大作戦
  ・花火を見ながらバーベキュー大会
  ・東京湾セメント詰めドラム缶探しスクーバ大会
 その他、隊員が面白いと思うこと。なお、上記活動案も隊員の反応によっては否認される場合があります。
 くやしい探検隊では結成式を前に一緒に活動する意欲のある人を募集しております。参加資格は、
  @アウトドア、インドア全般に興味のある人
  A冷やかしではなく、活動に参加できる人
  B面白いことに貪欲な人
  C多少の逆境には耐えられる人
  D発起人との関係が著しく悪くない人
となっております。参加ご希望の方は発起人までご連絡下さい。

 『くやしい探検隊結成の兆し』は細心の注意のもと、探検隊参加資格に当てはまり、興味を示してくれそうな人に、『くやしい探検隊結成のお知らせ』とともに配布した。参加資格については5項目ほど設けはしたが、読んだ人の誰もが「D発起人との関係が著しく悪くない人」以外は関係ないのではと疑い、その発起人も三人との関係ではなく、岡本との関係に訂正すべきだと邪推する始末である。それはあんまりだと言いたいところであったが、実際に配布した人間はと言えば、社内では岡本の身内と呼ばれている人ばかりであった。しかも、身内であればたとえ探検隊への参加がかなり難しいと思われたりしても配布したりしている。一人は新潟事務所のO野さん。O野さんは新潟事務所でいつも一人で寡黙に仕事をしている。新潟事務所の所員が彼女一人だけゆえいたしかたないことではあるが、うちの会社も思い切ったことをするものである。彼女に言わせれば、「気の合わない人と二人でいるよりも一人の方がずっと楽」だそうで、小さな事務所だと気が合う合わないは致命的なことにもなりうるだろうから、非常に納得させられるお言葉である。『くやしい探検隊結成の兆し』を読んだ彼女は、
「あたしアウトドアだめだし、冷やかし好きだし、逆境に弱いから参加資格ないよね。」
などと言いながら、感想とともに先日日帰りで上京した際、上りの新幹線が大宮でポイント故障に遭遇し、立ち往生したため、東京に着いたときにはもう帰らねばならない時間で、本来の目的を全く果たせないままお土産を買って帰ったというくやしいエピソードを紹介してくれた。彼女は@〜Cが当てはまらなくても、Dだけは楽勝でクリアしているし、僕の創作活動の良き理解者でもあるので、たとえ行事参加が無理でもくやしい探検隊シリーズを読む資格を持っているのである。そんな優しい彼女だから、まさか来年度から人事異動で新潟事務所に営業マンが一人増員されること、しかもその男は彼女が嫌っている男であることなど、知ってたって言えない状態なのである。
  もう一人は去年までうちの会社にいたのだが、みんなに内緒でこっそりと公務員試験を受け、実家宮崎へ帰ってしまった木っ端役人ことEDAである。EDAは常に僕らのそばにいるにもかかわらず、気づいたら一人こそこそと大変なことを企てたりしていて、僕らはいつもその企みが成就した後に事実を知らされるのである。退職の時もそうだし、スーパー7というおおよそ一般人が買わないようなただ走るためだけの車を四百万円も出して買ったときも、僕らはただただ唖然とするばかりであった。そういう意味ではEDAは僕らをとほほにしてしまう男なのかもしれない。ちなみに彼は退職後二度(僕が知っている限りでは)上京しているが、一度目はYasの結婚式で、二度目はENOの結婚式というくらい、身内なのである。本人は行事参加などとうてい無理で、くやしい探検隊九州支部連絡係がいいなどとぬかしているが、当然行事のたびに徴集をかける予定であるし、スーパー7を駆ってすっ飛んで来るに違いない。
 こう書き連ねてみるとDの関係とは僕だけとのことのように思えてしまって癪に障るので、ここで誤解のないように宣言しておく。確かに僕との関係が著しく悪い人には配布しなかったが、配布しなかった人のすべてとの関係が悪いわけではなく、本当は探検隊に入ってもらいたかったりするが、諸般の事情でそれが叶わなかった人だっているんだと。選ぶ人間にも苦渋というものがあるんだよ。


三、「非協力的」な協力者
  『くやしい探検隊』結成の発端となった富山キャンプ、これはそもそも平成7年7・8月に僕と師匠が入っていた富山県上平村の現場近くにカヌー・キャンプがOKのダム湖を見つけたので、翌年の夏にキャンプに来ようと話していたものである。配布が終了した土曜日、くしくも上平村の現場関係者である師匠とうり坊と僕の三人で飲みに行くことになる。
  本当ならば五時から飲みに行く予定であった。ところが師匠がF課長に捕まり、僕とうり坊はもはや帰り支度を済ませていたため、再び仕事をするのも嫌で、まさにだらだらと暇をつぶしていた。F課長はよくこれから飲みに行くというときに人を呼び止め、長々と引き留めることがある。特に僕と師匠は捕まりやすく、その度にとほほな気分に浸っている。一説にはF課長はこれから飲みに行く僕らに嫉妬するがあまり、ついつい引き留めるのではないかと言われている。F課長の身でない僕らには、その真相は知る由もないのであるが、捕まってしまったらたまったものでないことだけは確かである。
  師匠を待つ約一時間の間、僕は『くやしい探検隊』の隊員名簿のフォーマットを、エクセルで作っていた。うり坊はいつも僕がコンピューターに向かっていると、通りすがる際に画面をのぞき込んでくる。当初は「こいつそんなに俺がやっていることが気になるのか」という意識と、遊びでコンピューターを使っていることが多いという後ろめたさから、のぞかれるのがとても落ちつかなかったのだが、仕事で使っているときものぞくので、今やまるで気にしなくなった。もしかしたら、僕以外の人の画面ものぞいているのかも知れない。
「くやしい探検隊、入るか?」
「くやしいこと何にもないからやめときます。」
  このクールな態度がうり坊の特徴である。うわべだけでなく本質を見ろよな、本質をって、『くやしい探検隊』には言われたくないか。
  富山県上平村での現場は平成6年と7年の2回にわたり、メイン岡本、サポート小山で実施され、施主である道路公団からは高い評価を受けているはずである。この現場の一回目にうり坊は丁稚として、いやいや参加したのだ。このときうり坊入社半年、いくつかの現場経験を積んだ後で、そろそろみんなの評価が出始めた頃であった。この時点でのうり坊の評価はと言うと、「非協力的だから」。このフレーズはうり坊の一年先輩となるやましたが発したのだが、これが実に言い得て妙。本人はいやがっていたのだが、僕と師匠はこれをフル活用するのである。
「うり坊、そこの薮こいで地点杭探してこい。」
「えーっ。」
「うり坊は非協力的だから。」
  夜は当然酒を飲む。僕と師匠のいつものパターンはさんざん飲んで床につくのだが、部屋の電気を消してからが長い。暗闇の中、延々と話し続けるのだ。上平ではうり坊を挟んで川の字に寝たのだが、話題といえば当然新参者の女関係。ところが核心に近づくと、うり坊はすぐ寝たふりをする。すると、両側から容赦ない蹴りと罵声が飛ぶ。
「うり坊は非協力的だから。」
  こんないじめにも似た仕打ちに耐えながらも、うり坊は反撃の機会をうかがっており、その機会は二日目の夕食時に訪れた。仕事後のビールを、至上最高の喜びが如く喉に流し込んでる僕らに、民宿なかやのおばちゃんのねぎらいの言葉。
「東京からこんな田舎に仕事だって?たいへんだね、お父さん二人もいるのに。」
  一同辺りを見回し、お父さん該当者を探す。師匠はれっきとした二児のパパだから、まずは一人。あ・と・は…。
「だから、お父さんとお父さんとお兄さん。」
って、二番目に僕を指すなー。
「岡本さん、お父さんですって。うんうん、たいへんなんだー。そうか、そうか。」
  以後、うり坊は自分の形勢が不利と感じると、「お父さんは」のひと言で建て直しをはかるようになる。
  平成7年の現場ではうり坊はメンバーからはずれるのだが、これはうり坊が丁稚奉公(サブだって)を無事こなし、立派に一人立ちしたということでしょう。師匠と二人で一年ぶりに民宿なかやを訪れたとき、おばちゃんが、
「お兄さんはどうしたの?」
と聞くので、
「あいつ使えないから置いてきた。」
と言っておいたら、おばちゃん信じちゃって。

「帰ったらおかもっちゃんからファックスがどーっと入ってて、笑わしてもらったよ。うちは行事の時は絶対息子連れていくことにしたから。」
「何々、何の話?」
 結局、F課長の粘りにより僕とうり坊に遅れること三十分で行き着けの飲み屋「もりや」に登場した師匠が『くやしい探検隊結成の兆し』の話を始めたとき、うり坊が不満げにつぶやいた。
「連れてってよ、連れてってよ。どこにあるの?教えてよ。」
「だっておまえ、さっき探検隊に入んないっていったじゃない。」
「入る、入るからさ。」
「彼女も連れてこいよ。」
「連れてく、連れてく。」
「でも、うり坊が使えないこと、なかやのおばちゃんも知ってるしなあ。」
「またあ。」
  ところがこのうり坊、実はお外で遊ぶの大好き青年で、事あるごとに「鍋大会しようよ」とか「サンマ焼き大会しようよ」と言っており、スノーボードのインストラクターをやってたりする、心強い男なのである。しかも、以前よりも協力的になっていたりもする。
「でも、きっと富山キャンプの時に上平の現場出てたりするんだろうね。」
「そしたら今度はうり坊一人で常駐だよな。」
「夜になったら遊びに来ていいからな。」
「それじゃあ俺がとほほじゃないですか。」
 こうしてまた一人、くやしい道を志す者が増えるのであった。


四、追悼はしめやかに

  うちの会社の会長が亡くなった。関東近辺に勤務する社員は極力お通夜に参列するようおふれが出された。会長はうちの会社の創始者で、長年第一線を歩んでこられたらしいが、体調を崩されたこともあり、今では次男坊(と言っても僕らよりは相当年上)に社長職を譲り、静養していたのであった。僕が入社したときはまだ社長だったのだが、既に体調が悪かったみたいで、入社して6年、お目にかかったのは5回くらいだったのではないか。そういう意味では誠に失礼なのかもしれないが、別に感慨深いわけでもなく、「あっ、亡くなったんだ」という程度が率直な感想だった。しかしそこは会長さん、敬意を表し、追悼するのは社員のつとめということで、さっそくYasとENOに電話する。
「今日、増上寺に行くんだろ。お通夜の後、飲みに行こうぜ。待ち合わせ場所はファックスするからさ。」
 F課長の「ったくよ」というあきれ顔の独り言を軽くいなして、地図を開いて待ち合わせ場所を検討する。社内の公式的な集まりの後で飲みにいくというのはごく当たり前のことのように感じられるが、気の合う仲間とさしつさされつ飲むというのはなかなか難しいことなのである。なんせ右も左も知った顔ということで、いざ飲み屋へ出陣というときに来て欲しくない人までついて来てしまうことや、メンバーの一人が別のグループに捕まって、脱出不可能となることが多い。うちの会社は女の子の人数が少ないため、女の子をみんな引き連れて飲みにいこうなんてことすると、「おまえ身分をわきまえろよな」というのまでがついて来てしまう。数年前まではこのようなときの常套手段として、僕を筆頭とする男のメンバーは行事が終わると速攻でゲームセンターにしけ込み、追っ手をかわし、女の子は「あたし今日は帰りますから」といって用事があるふりをして場を抜け出し、僕らの待つゲームセンターで落ち合うという手を使っていたが、近頃はすっかりばれてしまったので、人目に付きにくい待ち合わせ場所をその都度探すことにしている。快楽を追求するためにはこのような涙ぐましい努力が必要なのである。
  そういやEDAのやつ、在社当時は会長の直属の部下だったりして親交も深かったはずだから、弔電の一本でも打ちたいんじゃないかなあと、気を利かせてEDAのいるダム工事事務所へ電話する。
「はあ、やっぱ死にましたか。弔電打つかって?やめといた方がいいでしょ。気まずいもんね、辞めたから。」
  あまりの素っ気ない対応にちょっと肩透かしを食らったのだが、ふつう職場でそんな限りなく私用に近い電話(十分私用だって)かけたりしないのかもしれないし。ましてやむこうは県民の血税で働いているのだから。でも、この場合電話代はうちの会社持ちだから、やはり寂しかったりする。そういう問題ではないのだろうが。
「それで、来週の水曜日に上京しますので、日曜まで泊めてください。」
  一気に以前の親近感が舞い戻ってきたのだが、EDAは相変わらず唐突にものを言う男であると少しあきれたりもする。EDAが来るとなるとみんな集めて飲みに行きたいから、
「くやしい探検隊の栄えある結成式は来週の金曜日、2月16日に決行しよう。」
  通夜の後の飲み会は早速くやしい探検隊結成式の準備委員会に早変わりする。僕、SAYUKI、Yas夫妻、ENOは通夜会場でのしめやかな酒盛りには目もくれず、足早に浜松町方面へと向かった。大門付近の居酒屋に入るつもりがどうやら行き過ぎてしまい、浜松町付近は閑散としたとなる。引き返すか否か。でも僕ら探検隊は猪突猛進型野郎の集団だから、とりあえず前方へ進み、オフィスビルの地下の牛タン専門店へ足を踏み入れてみた。
「岡本さん、この店雰囲気といい、ロケーションといい、くやしい探検隊にあってますよ。ここを探検隊の浜松町の拠点にしましょう。」
  Yasはこの偶然の産物にも近い、飲み屋探検の二連勝にすっかりご満悦なのだが、果たして探検隊が浜松町で飲むことが今後あるのかどうか、僕は疑問でならないのであった。
「結成式の会場どこにしよう。やっぱり銀座とかで華々しくやりたいよね。」
  一応こういうときの議事進行は僕の役目である。
「もりやでいいよ、もりやで。」
「そうだよ、もりやでいいよね。はい、決まり。」
  議事もくそもなく、会場が決まってしまう。

  「もりや」のマスターは白髪でダンディで、一見江戸っ子っぽいのだが、実は山形県出身である。きっかけは忘れてしまったが、幾度か飲みに行っているうちに、僕らとマスターは仲良しになっていた。
「あんたのことは名前を知らなくったって、その顔は忘れないよ。」
などと言ってくれたが、今は名前もすっかり覚えてくれている。
  三章に書いた時などは、探検隊で盛上がる僕らを楽しそうに眺め、帰り際に「探検にはこれが必需品だよ」と言って、非常食用のササニシキのご飯をお土産にくれる。なんていい人なんだ。また、SAYUKIがいないのをとても残念がり、
「今日は千葉の元気な若妻はいないのかい?」
と聞いたりもする。そんなとき僕は誤解のないようにきちんと教えてあげるのだ。
「決して若くはないんだよ。」

「岡本さん、うちの奥さんが怒ってるんですよ。」
 ENOは通夜の時から『くやしい探検隊結成の兆し』の不満を言おうと、ずっと機会をうかがっていたのである。
「税務署員だって競馬くらいはやるんですよ。それに、俺は尻に敷かれてはいませんしね。」
  競馬の話は百歩譲ったとして、尻に敷かれているのは決して譲れない事実である。ENOは結婚前よく飲んだくれてうちに泊まったりしていたのだが、翌朝必ず彼女に電話をする。ENOが彼女に電話をしている間、僕はいつも行きたくもないトイレや、さっき磨いたばかりの歯を磨きに行く。電話で彼女と会う約束を取り付けた後は、決まってひげ剃りを貸してくれと言う。
「おまえ、髭剃るよりも歯磨いた方がいんじゃないの。」
「いやあ、彼女口臭いのは許せても俺の無精髭は絶対許してくれないんですよ。」
 そういって髭を剃るENOを見ていると、絶対尻に敷かれていると確信してしまうのである。

 帰りの総武線は終電二本前ということもあり、酔っぱらいの巣であった。Kon2が先に帰ってしまったため、僕とYasは何の違和感もなくこの巣に潜り込み、探検隊について話を始めた。一連の文章は一年毎にビニール製本し、隊員に配布すること。岡本の文章だけでは不公平すぎる(僕はそうは思わないのだが)ので、毎回一人に解説のようなものをさらっと書いてもらい、反論や同調の場を与えること。記録写真も撮っておくこと。
「うり坊と話してたんだけどさ、焚き火の施工写真とか撮ったりしようかって。施工前、薪検尺、消火用バケツ、点火、全景、消火、施工後とか撮ったりして。」
「施工前と施工後の写真は角度が違うだけだったりするんでしょ。」
「それうり坊も言ってた。」
 と、横で僕らの話を聞いていた泥酔した親父がチャチャを入れてきた。
「さっきから君らの話に私の知らない言葉が出てくるんだけど、施工前って何のことかね。」
「いや、おじさんには関係のないことですから。」
「私はどうも気になってしょうがないんだ。どうか教えてくれないかね。」
「大したことじゃないから気にしないで下さい。」
  施工前とは、その名の通り調査とか工事を始める前に使用する土地の状態を記録するときに使う言葉で、施工後の写真と比較して土地を著しく荒らしていないかどうか、予定通りの調査や工事を行ったかどうかを確認するという、業界ではごくありふれた言葉なのである。教えてやるのもかったるいし、恥ずかしかったりもする。するとこの親父、同乗している人たちに向かって、
「このお兄さんたちが僕の知らない言葉を使っているくせに、その意味を教えてくれないんですよ。あなたは施工前って知ってますか?」
  周囲の人一人一人に聞いて回り、誰からも解答をもらえない親父は、一人たたずんでいたお姉さまにも臭い息を吹きかけながら聞き出そうとする。お姉さまはしかとを決め込んでいたのだが、親父と来たら相手にしてもらえなかったのがくやしかったらしく、「あんたは親にどういう教育されてきたんだ」とか「それが目上に対する態度か」と当たりだす始末。しかも小岩で降りる際に
「ブス、死ね。」
と、捨て台詞まで残して。
  お姉さまには僕とYasが謝ってはおいたのだけれど、車内はすっかり酔いから醒め、とほほな気分に包まれたのであった。

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初期三部作

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