artな戯れ言2013


このページではartな戯れ言を集めて掲載しています。




「劇場版SPEC〜結〜爻ノ篇」を観る(13.12.30)

 これでホントに終わりなんだね、『SPEC』。野々村係長Specialとなった漸ノ篇までに積み重ねられたさまざまな伏線が、これで回収されると思うと、実に感慨深い。
 スペックホルダーとはなんなのか?卑弥呼、セカイ、潤、プロフェッサーJらとファティマの予言とは?シンプルプランの行く先は?御前会議とは?公安トップは姿を見せるのか?
 まぁ、ハラハラドキドキ。これが最後って雰囲気がひしひし。それでもまだ入れるかと言わんばかりの小ネタ。SPECらしいといえば、SPECらしい。伏線の回収もさることながら、当麻と瀬文の関係性も・・・。
 STORYとしての完成度は、広げすぎた風呂敷の分だけ難しいものとなったけど、スペックホルダー勢ぞろいも顔見せ感いっぱいだったけど、当麻と瀬文の想いだけは伝わったかな。刑事勢ぞろいにはドン引きで、「跡を濁したなぁ」って感じだったけど。
 おや、なんだか文句ばかり書いている様相を呈してはいるけど、精神世界はすごく良かったんだよ。思わず涙しちゃったもん。でも、きっと見返すのはTVシリーズなんだろうなって。
 でも、最後にその名前出すなら、その前に柴田だろ。


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ライブ・ビューイング 直送ももクロvol.12 平面革命「ももいろクリスマス2013」西武ドーム大会を観る(13.12.23)

 今年のぼくにとっての音楽といえば、「ももクロに始まり、ももクロに終わる」。一生懸命歌って踊る少女5人の姿に、どれほど勇気付けられたことか。ライブを観ているだけで、なんか涙がこぼれそうになる。いっぱい応援したくなる。これはもはや、親心?
 12月、関東といえども寒い寒い西武ドームでのクリスマスライブ。ライブビューイング会場は屋内で、暖房も効いているから平気だもんって思ったら、会場の暖房が切られたんだよね。ちょっと肌寒いけど、これで画面の向こう側と一緒かな。
 女子フィギアの村主章枝さんによる演技から始まる極寒のライブ。懐かしの曲から最新曲まで、ドドンと熱唱。とくにクリスマス色強めの構成に、肌寒さがほど良い演出のようで。しっとりさせたり、激しく乗せたり、5人の少女の手玉に取られます。当日夜からNHKで放映されるドラマの番宣が入ったりと、ももクロらしさがいっぱいで。
 あれれ?来年へ向けての重大発表はなしなの?って迎えた本編終了後、スクリーンには「メンバーに内緒で一緒に重大発表を」という告知が。そして、アンコールがひと段落したときに繋がる中継には、松崎しげるが。『愛のメモリー』に乗せて歌い上げられた重大発表は、「国立競技場でのライブ決定!」。泣き崩れるメンバー。正直ぼくももらっちゃいました。彼女たちのがんばりを、ほんの少しだけだけど見てきたから、なんかうれしくって。もはやメンバーのお父さん状態。ほんと、よくやった。
 国立ライブは3月かぁ。上京は忙しくて無理だろうから、また爻ライブビューイングに期待かな。


エスニック
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「清須会議」を観る(13.12.21)

 三谷幸喜の監督最新作『清須会議』。幾度となく原作小説を読んでしまおうかと思ったことか。でも、原作者が映画監督をするんだからと、じっと堪えて公開まで待ったのです。なんと豪華なキャスト陣。これも三谷幸喜の人徳か。
 本能寺で織田信長が討たれ、山崎の合戦で秀吉が光秀を破った後のお話し。織田家の後継者を決める評定・清須会議が開かれ、織田家の武将たちが集まった。しかし、織田家の後継者は表向き、その実、各武将による信長の次の天下人を決める、血の流れることのない戦だったのだ。
 一応史実なので、結果はわかっている。勝家vs秀吉で秀吉の勝ち。それよりも、勝ちに至る過程が三谷流に描かれている。よくぞそんな歴史の重箱の隅をつくようなところつつくよなぁ。登場人物的には華々しいはずなのに、あまり知られていない、ある意味密室劇。目の付け所が違うんだね、ヒットメーカーは。
 演者のメイクにこだわったというだけあって、それだけで驚きと笑いが。特にぼくのツボは織田家の男たちの鼻。あの鼻だけで血縁関係をしかと感じてしまう。妻夫木聡が伊勢谷友介に見えたもん。もしかして、伊勢谷友介だけノーメイクだったのかな?血縁で言えば秀吉と母と弟の耳も特徴的だった。織田裕二と佐藤藍子も血縁入りができそうで。
 出世欲、名誉欲、金欲、色欲、種の保存欲。嫉妬心、復讐心、警戒心。あらゆる欲があいまって、出世レースは一進一退。秀吉とその参謀・黒田官兵衛が繰り出す策とは?
 その内容は見てのお楽しみ。各人の心と行動の一体感は、くすくす笑いを絶えず起こさせてくれる。うまいんだから。
 それにしても、今回は中谷美紀がかわいかった。都会派のイメージが強い彼女の、田舎娘メイクと振る舞いがキューと過ぎて。これが『ロストインヨンカーズ』に繋がっているような気がして、思わず微笑ましくなってしまう。
 『すてきな金縛り』の更科六兵衛が本策に登場したように、次の作品にはくのいち・枝毛が登場しそうな予感・・・。


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葉室麟「蜩ノ記」を読む(13.12.17)

 なぜだろうか、最近本屋で手にとる小説は時代モノばかりである。今回は九州の小藩、しかも田舎村を主な舞台とし、実在する偉人もいない小説。戦国時代や幕末のような動乱のうねりもない、とても静かな時代の物語だ。
 城内で刃傷沙汰を起こし、本来なら切腹をまのがれた庄三郎に与えられた役目は、七年前に不祥事を起こし、三年後には切腹を言い渡され幽閉されている戸田秋谷の見張り役だった。名目は秋谷が編纂する『三浦家譜』の清書なんだけど。
 しかし、田舎村で秋谷一家や彼を慕う農民たちとふれあううちに、庄三郎は秋谷にかけられた咎が間違いなのではと思うようになる。そして、その謎を解く鍵が『三浦家譜』と秋谷の日記『蜩ノ記』にあるのではと。
 読み進むうちに、これは背筋を伸ばし、姿勢を正して読まねばと思えてきた。本著が直木賞受賞作だからというのではない。秋谷の武士としての生き方に、涼しげでありながらも凛として熱のこもった生き方に、そうしたくなるのだ。今でさえ困難な清廉であり続けることを、かの時代に貫き通す精神。不徳の致すところばかりの自分を鑑み、恥じるばかりなのだ。ぼくも、かく生きたいと思ってたはずなのにと。
 物語は三年の月日を実に淡々と書き綴られている。これも秋谷の日常さながらに。しかし、その淡々の中に描かれている出来事のひとつひとつはとても重みを持ち、ボディブローのように心に響いてくる。まるで『ルビーの指環』を聴いているがごとく。そのー端ー端が読み手に伝わると同じくして、秋谷の武士としての心持ちが息子・郁太郎や庄三郎にも伝わって行くのが、うれしくてたまらない。
 秋谷の咎の真偽は読んでお確かめいただきたい。ぼくが失いかけていたものを、見つめ直させてくれた本著には、感謝の気持ちでいっぱいなのだ。


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乾緑郎「忍び外伝」を読む(13.12.13)

 伊賀の郷に生まれ育ち、忍びとして育った者たちがどう生きたのか。史実としてわからないことがいっぱいあるけど、これほどまでに小説やマンガ、映画にドラマと創作され続けた題材はないと思う。未だに伊賀と甲賀の違いや誰がどっちか把握しきれていないんだけど。
 物語は織田信長亡き後から始まるんだけど、主人公の文吾は幻術により、信長の息子・北畠信雄の二度にわたる伊賀侵攻へと引き戻される。文吾が忍びとして修行を積み、お鈴というくの一を育てていた頃に。百地三太夫配下の下忍として、忠義を通すべく走り回っていた頃に。
 一見、信雄の伊賀侵攻における文吾の活躍を描いた作品かと思いきや、伊賀侵攻に隠された目的に繋がるあれやこれやが詰まっている作品だった。奥深し。
 乾緑郎らしい、時間軸の歪みというか、パラレルワールドというか。これはもう、真骨頂だね。幻術を介して自らお得意の世界に引き込むあたりなど、まさに煙之末そのものではないか。
 忍び、幻術、果心居士といわれると、『さすがの猿飛』を思い出してしまった。所詮幻術は幻、人の強い意志さえあれば、打ち砕けるのではないか、文吾よ。なんて、肉丸を思い出しながら、文庫本に語りかけてたよ。
 そうそう、この物語って、続きがあるのかな?だって、文吾って・・・。


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大パルコ人Aバカロックオペラバカ「高校中パニック!小激突!!」を観る(13.12.6)

 かき鳴らされるギター。打ち鳴らされるドラム。うねるベース。ここはほんとにPARCO劇場?そう、舞台の上では大パルコ人。叫びかう声はバカロックオペラバカ。宮藤官九郎ワールド炸裂なのだ。
 のっけから客席に現れる前髪クネ男といっそん。いやいや、ちゃらい高校生カップル。なにげに越えた境界線、それは渋谷の真ん中に引かれた、ヤバ高とグレ工の縄張りを示す線だった。あっけなく殺される二人。ヤバ高とグレ工の血で血を洗う構想の火蓋が切って落とされた。って、わけわかんないでしょ。そして歌われるバカロックオペラバカの数々。もう、わけわかろうなんて思わなくていい。なにも考えずに楽しめばいいのだ。
 ストーリーはあるよ、一応ね。でも、そんなものは気にしちゃいけない。楽しめ。佐藤隆太の不死身ぶりを、勝地涼の身体の弱さを、綾小路翔のリーゼントを、川島海荷のなんたらムーンを、皆川猿時の「親父は役者」リターンズを、三宅弘城のスケバンを、坂井真紀の巨乳を・・・。
 宮藤官九郎が「いや〜、みんなの前でギター弾きたかったんだ」って屈託なく笑って話しちゃいそうな舞台。みんなが全力でおバカを演じる舞台。それが『高校中パニック!小激突!!』。クドカンの舞台版『キルビル』みたいなものです。脳みそ空っぽで楽しんで、帰り道に「なんだかわからなかったけど、楽しかったね」って話せるステージ。それを作り出せる才能とネームバリューム(これがないと誰も協賛してくれない)、クドカンならではなんだよね、すべてが。で、クドカンマニアにとっては最高なのだ。
 坂井真紀のはじけぶりと、皆川猿時のむちゃくちゃ加減が、とにもかくにもフルスロットル。いかしてるぜ!
 あぁ、一緒にタオル回したかったなぁ。


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大友良英&「あまちゃん」スペシャルビッグバンドコンサートを観る(13.12.5)

 ぼくにとっての今年一番のインパクトといえば、『あまちゃん』をおいて他はない。ドラマとしてのSTORYや出演者の魅力もさることながら、劇伴と呼ばれる音楽たちも素晴らしく。サントラ2枚購入して、聴き入っているのだ。チャンチキと呼ばれるちんどんやチックな感じやクレッズマー、ブルースやノイズミュージックの要素が散りばめられた、ご機嫌な楽曲たち。それらを生ビッグバンドで聴くことができる最後の機会。楽しんでまいったのだ。
 ひと言で言うと「楽しい」なのだ。なにがって、CDでは1〜2分程度で終わってしまう曲たちにいろんなアレンジが加えられ、聴き応えたっぷりの曲にパワーアップしているのだ。その曲の世界にどっぷり浸かっていられる。なんと贅沢な楽しみだろうか。それに加え、「あの音ってなんの楽器?どうやって出してるの?」って疑問が目の前で晴れていく。まったくステージから目が離せない。個人的にはパーカッション。あの合間合間に鳴り響く陽気な音たちの正体を、この目で確かめることができたのだ。
 すごいんだよね。ハーモニーはもちろんのこと、各楽器がてんでバラバラなメロディを奏でながらも調和する様。ノイズがノイズではなく、人工音が自然に融和する。たくさんのバックボーン(風呂敷)を持つ大友良英だからこそできる技なんだろうなぁ。「譜面なんて何にもないようなもので、メンバーがそれぞれ作り出している」などと言いつつ、いろんな人を集め融合させる力。それがすんごく楽しいのだ。
 楽しい、楽しいと書きながらも、曲を聴いてはドラマのシーンを思い出し、涙と嗚咽を耐えるにいっぱいだったりして。音を素直に楽しみ、その音で大好きな世界を思い起こす。なんと素敵な連鎖だことか。
 これほどまでに三位一体そろいもそろったドラマはそうそうありゃしない。すべてにおいて最高に素敵な作品だったと、改めて思うのだ。
 余談だけど、『地味で変で微妙』を聴くと、「なつバッ、なつバッ、なつバッパ」って歌ってしまうんだよね、ぼく。
会場で開かれていた「あまちゃんギャラリー」の模様を一部紹介


観光協会のジオラマ。本物がみたかった・・・

衣装は前にUPしたので、今回は小物を

相関図、かわゆす

北三陸パフューム、弥生さんかわいすぎないか?


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Act Against AIDS 2013 桑田佳祐「昭和八十八年度!第二回ひとり紅白歌合戦」を観る(13.12.4)

 歌がうまい人という定義が仕分け∞であるならば、この人は下手な部類に入るかもしれない。音程だ、譜面だの世界で勝負していないもん。きっと朗読劇をアナウンサーが語るのと、役者が演じるのの違いかな。この人はどの曲を歌っても、だれの曲を歌っても、桑田佳祐を演じきり、自分のものにしてしまう。ものすごく味があり、聴き手に違和感を与えない。決っして譜面通りじゃないのに。
 桑田佳祐が5年ぶりに『ひとり紅白歌合戦』をやるという。ほとんど他人の曲。ひとりカラオケ状態と言っても過言じゃないのに、4回公演はすべてSold Out。最終日には全国各地でライブビューイングも開催される。日曜にはWOWOWで放映だ。どれだけの人が彼の歌を聴きたがっているのか。彼の歌を、彼がどの曲、誰の曲を選曲するかを、多くの人が聴きたがっている。すごいことではないか。
 ここからはちょっと自慢。そんなライブをライブビューイングではなく、ナマで観たのだ、このぼくは、パシフィコ横浜国立大ホールで。ローソンの抽選販売での購入、ファンクラブ枠ではないので、3階席も覚悟してたんだけど、1階Aブロック。中央からちょっと上手側だなんて…素敵。
 アナウンサーに扮した桑田佳祐とマネキンのショートコント?映像からスタート。懐メロ2曲で口火を切り、『GS・ビートポップ対決』『フォーク・ニューミュージック対決』ではジュリー、ショーケン、中島みゆきなどなど、あれやこれやの名曲を桑田節で歌い上げる。そして前半戦のヤマ場、『バブルの落し子』は尾崎豊から。気恥かしくなるくらい等身大の己をさらけ出した尾崎と、小粋で洒落た言葉で独自の世界観を構築した桑田の初融合。「ふ今だけは悲しい歌~♪」には心で爆笑。これぞ桑田節炸裂!『なごり雪』はかなり反則(PV)。
 その後も怒濤の名曲ラッシュ。なにせすごい曲数ゆえ、すべてを書いてはいられない。ぼくのツボだけ(ホントは全部と言いたいが)ピックアップ。『シクラメンのかほり』を歌ってるときの山本拓夫さんの動きがダンディ。リンダは燃えるねぇ。まさかのKYON2、大盛り上り。『六本木心中』にはバブル期さながらのかけ声を。桑田が空を飛ぶ~♪日本のエルトン・ジョン(あぶないって)『遠く』にホロリ。ぼくのフェバリットソングのひとつ『イージュー★ライダー』に歓喜。本家のライブでまだ聴けてないのに『カブトムシ』、aiko喜ぶだろうなぁ。あなたは十分優しいですが、『やさしくなりたい』。こちらこそです『ありがとう』。ファルセット、ファルセット、ファルセット『ジュピター』。同じ歳ゆえ「若すぎてなんだかわからなかったこと」も共有できたかな?『SOMEDAY』。そしてお嬢!
 もう、堪能ですよ。桑田節、存分に味わったですよ。やっぱ最高の歌い手です、桑田さん。ホント、聴けてよかった。8日はWOWOWであの感動をもう一度です。
 次は5年後?清志郎の曲も聴きたいなぁ。


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GILLE Concert Tour 2013-2014"I AM GILLE.2"を観る(13.11.17)

 FMで流れてた英語詞訳のカヴァー『LIFE』(キマグレン)がすごく心地よくて。それがGILLEを知るきっかけだった。早速Webで調べたら、他にもいろんな曲を英語でカヴァーしてたり、関ジャニの仕分け∞に出てたり、近々に札幌でLIVEがあったりと・・・。なら観に行こうかって。
 ぶったまげた。『LIFE』での爽快感に浸るLIVEかと思いきや、めっちゃくちゃ表情が豊かなLIVEだった。カヴァー曲はまさに七変化。それを身体ごと表現する姿に感動です。『ヒーロー』でのCuteさ、『JOY』ではJazzyな編曲に加え、歌いだしには妖艶と情怨を込める演出。こんなの見せられたら、そりゃもうたまらんでしょ。
 もちろんカヴァーだけじゃない。オリジナルは彼女の言葉で、彼女の想いを伝えてくる。そのギャップがまた素敵。ギャップといえば、素の顔も。歌う姿の凛々しさとは裏腹のMC。宮崎出身なんだ。同じ南方、しゃべりが沖縄っぽくって。
 GILLEも素敵なんだけど、GILLEを支えるバンドもまた面白かった。ギター、キーボードにパーカッション。この3人なのだ。バンドの核ともいえるドラムとベース抜き。おや?っと重いきも、これがかえってJazz感を盛り上げて。曲によっては打ち込みを使っているようだけど、このバンド編成がGILLEの世界観を構築しているひとつなんだね。
 これが最初の札幌ワンマンLive。この場に立ち会ったことが、語り草になる日がくるかもなぁ。
 『行くぜっ!怪盗少女』の編曲、擬似テンポチェンジ、『亀田音楽専門学校』で習ったやつだ。


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TAKUMA FESTIVAL JAPAN「晩餐」を観る(13.11.16)

 嵐と矢沢永吉が札幌でLIVEをやったこの夜、嵐にも永ちゃんにも行かないたくさんの人が、道新ホールにTAKUMA FESTIVAL JAPANを観にやってきた。東京セレソンDX解散後、初の本格お芝居。忘れずに札幌に来てくれました。
 シェアハウスに集う面々の下に、未来から息子がやってきた。会ったことのない母と会うために。そこにいたのはプロポーズ前の両親と、ゆかいな住人たちだった。未来から来たことをひた隠しにしながら、交流を深めていく。そこには知られざる人間模様がいっぱいあって。
 宅間孝行の十八番とでも言うべきか、笑わせて笑わせて、最後にほろっと。アドリブで演者をとことん追い詰めて、笑いを引き出す得意技もふんだんに(今回の餌食は柴田さん)。とことん笑わせてもらいまして。
 でもね、今回のリアルパートはなんだかちょっと。真剣に訴えるくだりの考え方がぼくとは違うので、感情移入できずに引いてしまった。ゆえに、周りがすすり泣いてても、ひとり乗り遅れて。ちょっと無理あったかな。とかなんとか言いながらも、最後はハッピーエンドなので満足なのだ。
 フェスティバルということで、カーテンコール後はLIVE。客を煽って大盛り上がり・・・って、別にいらないんだけど。もっとお芝居で唸らせてくれ。
 今回はちょっと辛口に書いちゃいました。


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「劇場版SPEC〜結〜漸ノ篇」を観る(13.11.15)

 大好きだった『SPEC』がいよいよ終わろうとしている。SPECホルダーは人間の進化なのか?SPECホルダーせん滅は正しい選択なのか?未詳の面々たちが進むべき道とは?
 最終章は二部作構成。ゆえに後編となる爻(コウ)ノ篇を観終わるまで、ただでさえ難解なSTORYはどうなっているのか、どこに向かっているのか今はなんとも言えないのです。この気の持たせ方が『SPEC』なんだけどさ。
 で、漸ノ篇を一言で言うと「野々村係長よ、永遠に!」なのである。当麻を、瀬文をいつも温かく見守り、時には核心に触れる行動をしてきた野々村係長。なによりとても若い内縁の妻・雅ちゃんに愛され続けた野々村係長。漸ノ篇は野々村係長のために製作されたのではってくらい。そして雅ちゃん。これまではただただかわいいなぁ、野々村課長うらやましいなぁってくらいだったのに、今回は凛としてて、いいオンナなのです。有村架純『あまちゃん』ブレークでひと皮むけた?
 なにはともあれ、やっぱりぼくにとって『SPEC』は戸田恵梨香なのです。彼女の表情七変化を見るたびに、胸がきゅんとするのです。瀬文になりたいって想うのです。この気持ち、爻ノ篇で終わるのかと思うとさびしい気もするんだけど、最後に飛びっきりの表情たちが観られるのだと思うと、それを楽しみに過ごそうかと。
 ってことで、内容についてはすべてを観終わってからゆっくりと。最後のピンチのときは、あの人が出てきてくれるのかな?


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五十嵐貴久「交渉人・籠城」を読む(13.11.13)

 警視庁の女性交渉人・遠野麻衣子の活躍が読める『交渉人』シリーズ3冊目。息詰まる駆け引きが繰り広げられるものの、洗練された文章で流れるように読むことができる。なので、いつも新作が発表されるのが待ち遠しい。ということで、早速購入して読んだのです。
 喫茶店店主から「客を人質に立て籠もった」との110番通報があった。しかし、犯人の要求は何もない。いったい何のために犯人は事件を起こしたのか?人質解放と犯人逮捕へ向け、交渉人チームと犯人の駆け引きが始まる。捜査でわかった犯人の過去、法と現実の乖離によるジレンマ。遠野麻衣子は人質全員を無事解放することができるだろうか?
 遠野麻衣子が作品を追うごとに、交渉人としての冷静さが増していくのが読み取れる。それはすごく頼もしくもあるんだけど、感情的に悪戦苦闘する姿もかわいくあったので、うれしいような残念なような。それをも含め、読み物としての面白さの一方で、事件の本質には考えさせられる。ただ楽しいだけの小説ではないのだ。
 交渉人が登場する事件って、基本的にハプニングじゃないんだよね。犯人は目的とシナリオを持って仕掛けているんだろうし、交渉人はその目的を早く把握し、シナリオを書き換えようと画策する。まさに頭脳戦なのだ。早く次の頭脳戦を読みたいのだ。


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「道新寄席 立川談春 独演会【11月札幌公演】」を観る(13.11.9)

 今年3回目の談春独演会。回を追うごとにいぶし銀の魅力に磨きがかかっていると勝手に思う今日この頃。派手さはないけど、談志譲りの独特な風刺と確かな話術が、聴き手を安心させるんだよね。
 談春流の世相斬りは山本太郎に始まり、産地偽装まで。でも、大阪なら産地偽装も洒落になるって発想は、談春ならでは。
 大店の旦那の趣味である義太夫のお披露目会にまつわる騒動を描いた『寝床』。長屋の人たち、奉公人たちのお披露目会欠席の言い訳がなんとも面白い。
 そして、兄を見返すために必死に働き、家族と大店を得た男の、ジェットコースターストーリー『鼠穴』。前半の爽快な立身出世噺と、後半の転落人生。それをしみじみと語る姿は名人並。
 来年落語家人生30年を迎えるとか。来年はチケット獲れるかな・・・。


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ドリス&オレガ・コレクションVol.7「ブラザーブラザー」を観る(13.11.8)

 西村雅彦を座長とするドリス&オレガ。毎年北海道公演をしてくれる、ありがた〜い一座です。今年はタイトルどおり、兄弟愛あふれる優しいコメディです。
 個人医院を営む両親が旅先の上海で亡くなり49日の法要を迎えた日、10年前に失踪した長男が帰ってきた。医者嫌いの医療メーカー営業マンと結婚した長女、医大に合格できずサラリーマンとなった次男、ニートの三男。それぞれが背負う10年のブランクを埋めることはできるのか?
 ほんと、この一座は優しいのである。コメディの形はいろいろある。どんでん返しの形もいろいろある。そんな中、この一座はいつも心かようコメディを演じてくれる。それはまるで昭和の喜劇を観ているみたいな。
 ぴか風吹い地固まる。
 シリアスな兄弟の口論も、自然現象にはかなわない。どんなに大人ぶったって、三つ子の魂百までも。それに続く展開もほんわかで、笑いながらもハートフル。サンシャインボーイズ、ナックス、ジョビジョバ、ヨーロッパ企画、B-21と、どちらかというと尖った笑いを演じてきた面々。丸くなったなぁなんて思ったりして。
 懐かしくもある笑いを引っさげ、これからも北海道に来てください。


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池井戸潤「七つの会議」を読む(13.10.31)

 2013年夏クールのドラマは『半沢直樹』旋風が吹きまくったけど、NHKでは同じ原作者の『七つの会議』が放送されていた。視聴率では奮わなかったけど、重厚な大人のドラマとしてぼくは好きだったんだよね。その原作本を小山隊長からいただきまして。
 何がおどろいたって、ドラマでは東山紀之演じる原島課長が全面フューチャーされていたけど、小説は東京建電に勤める面々が章ごとに主人公となる群像劇なのだ。それも東京建電を揺るがす不祥事を軸に、各人の生い立ちまで細かく描かれて。読み応え十分なのだ。どうしてそこに至ったのか、どうしてそういう考えになったのか。一人ひとり丁寧に描かれている。
 さすがにこれをもれなくドラマ化しようとすると、全4回放送では難しいし、制作費などもかさみそう。主役にするなら八角さんだよと思うけど、原島課長を抜擢したのはやっぱ見栄えかな。ジャニーズの御大起用の話題性もできるだろうし。でも、八角さんの正義をもっとクローズアップして欲しかった。『七つの会議』では八角さん、『半沢直樹』では本社での半沢の上司(部長)を演じた吉田鋼太郎、味があってよかったなぁ。
 大人の作品を読んだって気分です。


エスニック
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「LIVE福島ドキュメンタリー映画『あの日〜福島は生きている〜』上映会&トークショー」を観る(13.10.25)

 てっきり福島と原子力発電所、福島と放射線についてのドキュメンタリー映画だと思っていた。それに対し、箭内道彦やミュージシャンたち、是枝裕和がどう思い、なにを訴えようとしているのか、観ておこうと思って。でも、この映画はもっと違うことを訴える映画だった。
 震災から1年後の3.11、福島在住だったり福島出身者の生活がランダムに切り取られている。未曾有の災害と事故を乗り切る意志を持ち、福島とともに生きることを望む彼らの原点にあったものとは・・・。
 なんだ、箭内の自画自賛じゃねーか。そう感じる人もいるかもしれない。でも、たとえそう感じたとしても、人と寄り添う自画自賛なら最高じゃないか。多くのものを奪っても、まだ人は生きていかねばならない。心が折れたら先はないのだ。人があきらめたらなにも始まらないのだ。でも、少しでも勇気を与えることができる何かがあれば、前を向くことができる人たちだってたくさんいる。その実例のひとつとして、音楽(フェス)が与える力をこの映画は見せてくれる。
 別に音楽じゃなくてもいいんだよね。いろんな活動が被災地で行われていて、多くの人が前を向く力をもらっているんだと思う。人々が前を向くことが一番大切。
 映画の中で、紅白出場後実家に電話した箭内道彦が母に伝えた言葉が印象的だった。「温度差」。これまで各地で災害が発生してきたけど、被災された方々、そこで生まれ育った人たちの気持ちすべてを、他の土地の人が汲み取ることは到底できない。でも応援することはできる。その気持ちを持ち続けることが大切なのだと思う。
 ぼくが今住む故郷札幌が大きな被害を受けたとき、ぼくには何ができるのだろうか・・・なんて考えてしまった。たとえばこの映画で描かれたフェスのステージに立ち、力を与える側の立場に立てる人なんてひと握り。でも、そんな立場に立たなくてもできることって、きっといっぱいあるはずだよね。それを考えてみようと思う。
 震災や事故を復興としての立場じゃなくて、人の気持ちとして描いているのは『あまちゃん』と一緒。宮藤官九郎もフェスに参加していたと思うと、鈴鹿ひろ美のチャリティコンサートやお座敷列車に通じてるななんて思うのね。
 映画の後のトークショーで語られた、過去は振り返らないという話。とてもせつなかった。いつか、笑って昔話ができる日が来るといいなって、心から思ってしまった。渡辺俊美の歌もよかった〜。
 I Love You ベイビー ふくし〜ま♪


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「ゲキxシネ シレンとラギ」を観る(13.10.19)

 やっぱり古田新太は破天荒なヒーローか、憎ったらしい仇役が合ってるよね。中途半端な役どころは見てて???だもん。なので、今回はどうしたんだって心配しちまった。でも、最終的にはOKさ。なんて気持ちで新感線を観ているのはぼくだけじゃないはず。
 さて、今回のゲキxシネはいのうえ歌舞伎の新作です。藤原竜也と永作博美の悲恋の物語。もちろんいのうえ歌舞伎なので、痛快活劇の要素もふんだんにあります。激しい立ち回りと喜劇の合間に根づく悲恋なのです。
 それにしてもいのうえ歌舞伎、いつもながらに波乱多し。予想もつかぬどんでん返しのオンパレード。誰が味方で誰が敵なのか、さっぱり予測がつきません。凝りに凝ったるSTORY。中島かずきの真骨頂。でも、今回はちょっとやりすぎかなぁ…。もう少し登場人物の本質を丁寧に描いてもよかったかな。でも、テーマのひとつが重すぎて深みにハマりそうか。
 そう考えると、いのうえ歌舞伎の路線がひとつの壁に当たってる?なんて勝手に書いたりして。やっぱ、個人的にはキャラ一人づつをもうちょっと立たせて欲しいなぁ。キャストは豪華なんだもん。
 と、今回はちょっと辛口に書いてみました。もちろん面白かったことに間違いはないんだけど。
 後ろに座っていた女子(ゲキ×シネ鑑賞3作目の自称演劇通)の言った一言、「藤原竜也って意外と演技上手いんだ・・・」が地味にツボ。やっぱり札幌にもっと舞台公演が来て、みんながじかに触れる機会が増えないとダメなのかなって思っちゃった。


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窪美澄「ふがいない僕は空を見た」を読む(13.10.18)

 ミーハーなぼくは平積みされた文庫本の帯にすぐ反応してしまう。そこに「泣ける!けどR18!!」なんて書いてあったら、興味のアンテナはビンビンでしょう(このアンテナは決して股間のモノではありません)。さらに、「本屋大賞第2位」は下心で買うわけじゃないって後押しもしてくれる。「女による女のためR-18文学賞」という文字は指で隠すとして。
 言い訳してもしょうがない。率直に言うと女流作家の書くエロに興味があったのです。エロが泣けて、エロが本屋大賞第2位ということに興味があったのです。詞先、メロ先的な言い方だと、エロ先なのです。
 そんでもってこの連作短編集の第一作『ミクマリ』を読むと、ものの見事にエロかった。目線は主人公である男子高校生・卓巳だけど、主導権は人妻あんずにある描写。これが女性目線のエロなのか…。エロエロ書いているけど、モテ男子の部類の卓巳のせつない気持ちも伝ってくる。SEXだけの繋がりが大切な存在になったり。その過程は女性らしいけど、気持ちはわかるよ。うまく肯定してくれてありがとうって感じ。でもやっぱエロいのです。
 ところが二作目で主人公があんずに変わると、物語のトーンが一変する。そこには世間に馴染めずにいる女性の葛藤が綴られている。イジメ、嫉妬、男社会では知ることのないあれこれ。子供を産むということの価値感。正直重い…。
 しかし、三作目の恋に焦がれて卓巳に想いを寄せる女子高生・七菜が主人公となると、またもやトーンが変わる。恋、初体験、SEXに対する陶酔…。うぶがゆえのもどかしさや落し穴。
 で、四作目は育ちについて、五作目は命を授かるということ、産まれいづるということ。全編を通してエロとかSEXとか性行為は単に快楽のためにあるだけでなく、人生だったり種の保存だったり、人間の(生物全般の)根幹をなす行為であり、大切さとか責任が描かれている。
 すっげー。こんな壮大な作品だとは、帯を読んだときに思いもしなかった。R-18をこう読ますか。女性ならではの視点と感覚に脱帽としか言えません。世の男性諸君、読んだ方がよいですよ


エスニック
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「謝罪の王様」を観る(13.10.14)

 きちんと謝れば収まることは世の中たくさんある。まさにその通りだと思う。土下座というスタイルの善し悪しは別として、気持ちを伝えること、気持ちを汲むことができるのが、日本人の良さのひとつだとぼくは思う。職人気質みたいな気心的な。訴訟天国には住みたくないし。
 そんなぼくの思いを知っているかのように、宮藤官九郎がまたナイスなコメディを書いてくれた。監督・水田伸生、主演・阿部サダヲのゴールデントリオ。期待通りの笑いっぱなし。
 宮藤官九郎の真骨頂・時間の錯綜が今回は冴えまくり。まさに「過去と未来と昨日と今日、行ったり来たり♪」なのだ。セクハラで訴えられたサラリーマン、息子の不祥事を謝罪する大物芸能人元夫婦、肖像権が理由で国際問題に巻き込まれる映画関係者、娘に謝りたい国際弁護士。一見バラバラな事例にも、実は繋がりがあって。
 ストーリーの深読みなんて一切不要。とにかく観るものすべてを受け入れて、心のままに笑えばいい。どこをとっても笑いに溢れているから。ぼく個人的には岡田将司のやることなすこと深みにはまっていく言動がツボ。
 前作『なくもんか』に続き、連続ドラマとしても1クールいけそうな作りになっているのは、日テレが全面に立っているからなのかな?『ぼくの魔法使い』以来、日テレで官九郎ドラマってやってないよね。『謝罪の王様』なら続編TVも作れそう。
 笑ってばかりだったけど、隠し味で入ってる教訓が実は心に染みるよね。ぜひとも味わってください。
 やっぱクドカンに阿部サダヲは最高だわ。


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「恋の渦」を観る(13.10.13)

 冴えない友人に彼女を紹介しようと企画された部屋コンで集まった男女9人。そこから始まる恋の渦を、男の4部屋を定点として時系列に描く。
 男はフリーター4人と学生1人、女はショップ店員3人と学生1人。ぼくの生活には共通点がまるでない。だから、基本的な素養は違うと思うんだけど、考えることって大差ないんだよね。囃したてたり、見栄を張ったり、いきがってみたり、スネてみたり。それがわかりすぎて、気恥ずかしくも大笑い。男なんて誰だっていくつになったって、バカな生き物なのです。
 作家、監督ともに男なので、男目線の女性の描き方なんだろうけど、ここに出てくる女性を世の女性のすべてと思っちゃいけないんだろうけど、こちらもわかる気がするの。女性の言う”可愛い子”についてとか。「あるある」って頷いてしまう。女性同志の会話だって、きっとそうに違いないと。まぁ、そんなとこも含めて男ってバカなんだけどね。
 ー筋縄で行かない男と女。誰が貞淑で誰がワルなのか?4つの部屋で繰り広げられる愛憎劇から目が離せません。
 たださ、昔の合コンでの悪さを思い出しちゃうんだよね、まんまのシーンがあるから。
 おもしろかった〜。


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「ロストインヨンカーズ」を観る(13.10.5)

 三谷幸喜がニール・サイモンの戯曲を演出する。出演者に中谷美紀とTOKIOの松岡くん。これはとびっきりのコメディだって、勝手に想像し、期待していた。だって、ぼくの頭の中でニール・サイモンは『おかしな二人』とか『名探偵登場』なんだもん。それを三谷幸喜が演出するとなれば、腹がよじれること必至って思うじゃない。
 でも、幕が上ったら様相が違っていた。浅利陽介と入江甚儀演じる兄弟のかけ合い、中谷美紀の明るさが笑いをもたらすんだけど、正面のドアの奥に潜む重圧が、ひしひしと伝ってくる。誰もがおそれおののく、おばあさまの存在が。そう、これはコメディではなく、ドイツからアメリカに移住したユダヤ人家族の、再生の物語なのだ。
 折合いが悪く疎遠だったのに、父の仕事の都合で祖母と共に暮らすことになった兄弟、祖母に怯えながらも障害を持つがゆえに祖母と暮らし続ける叔母、祖母を嫌い、早々に家を飛び出した叔父。兄弟の存在が少しづつ祖母との関係を変えていく。いや、むしろ変化したのは祖母なのか?
 正直重かった。「楽しく笑って後に何も残さない」三谷幸喜の流儀が昨年から方向転換したようで。もちろんそれが悪いってわけじゃない。『国民の映画』で抑圧された中での笑いも心得たところだったし。ただ、ノー天気に笑うために劇場へ足を運び、静かな笑いと家族愛、民族、国家を受けとめるのは難しかった。もちろん作品としての評価は高いよ。面白かったもん。ただ、態勢としてね。
 中谷美紀の天真爛漫さ、草苗光子の迫力、小林隆の飄々は存分に味わえたけど、松岡くんの使い方って贅沢だ。瞬発力と密度はすごかったけど、もっと観たいって思っちゃう。これもまた三谷マジックのひとつだってことは重々承知なんだけどさ。
このところ海外戯曲の演出が続く三谷幸喜。贅沢な不満なんだろうけど、早くオリジナルの新作が観たいなぁ。とりあえず、『清須会議』を待つとしますか。


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あまちゃん「じぇじぇじぇー!展Part3」を観覧する(13.10.5)

 世間一般では『あまちゃん』は終わったかもしれないけど、後番組の『ごちそうさん』が高視聴率なのかもしれないけど、ぼくの中では『あまちゃん』はForeverなのです。だから、NHKスタジオパークで展覧会があるって聞いたら、いっちゃうのです。すると、場内にはぼくと同じ想いのあまちゃんファンがいっぱい。そうだよね、みんな、そうだよね。で、狭い場内を大勢がうごめくのです。

やってきましたじぇじぇじぇー!展

リアスの外観では弥生さんがお出迎え

北三陸駅では大吉さん   鈴鹿さんのポスターも

リアスの中では潮騒のメモリーズ

このポスター、欲しいなぁ・・・売ってくれよ

種市くん、アキちゃんばっか塗らないで・・・

北鉄のユイちゃんと海女のアキちゃん

海女〜sonic2009のステージ 花巻さんのフレディが甦る

そして東京編

ぼくとしてはマメリンも好きだったよ

GMT5勢ぞろい 後ろには幻のポスターが
 さて、場内では『ヒビキからの挑戦状!』なるあまちゃんカルトクイズが出題されていて、9問中5問正解するとスタンプと参加証(お座敷列車乗車券)がもらえるのです。もちろん挑戦するでしょ。あまちゃんフリークなんだから、ぼくは。で、結果は・・・6問正解。3問も間違えてしまった〜〜〜っ!もう一度最初から見直すか。
 最後に、ショップでいろいろ買っちゃいました。NHKの戦略に引っかかってます。


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千梨らく「翻訳会社「タナカ家」の災難」を読む(13.10.4)

 なんか軽い小説が読みたかったんだよね。で、平積みされているものの中から、一番軽そうなものを選んだら、これだった。
 タナカ家はれっきとした翻訳会社なんだけど、社長は自分を家長と呼ばせ、社員を家族と呼ぶ。家族みんなが家長を尊敬し、家長も家族を信頼する。六本木の一等地の平屋家屋を城とする、まさにアットホームな会社なのだ。ところが、家長の突然の死によって、会社は存続の危機を迎える。
 家長タナカさんの愛情を知る者がたくさんいるのに、幼くして別れた実の息子はあいじょうをしることがない。タナカ家を相続した彼のタナカ家再建が始まる。
 果たしてこれは災難なのだろうか?確かに家長が急逝したことは悲しい出来事だけど、翻訳会社としてのタナカ家は何も手をつけなかったらもっとひどいことになっていたはず。ゆえに、この物語は災難ではなく再建への確かな足取りなのだ。
 個人的に心情を大切にすることはとても大事だと常日頃思っている。会社がISOを導入する際には「職人気質を捨てた技術屋に真の技術は持ちえない」などと憤慨したほど。でも、心情を重んじるばかりに本質を見失ってはいけない。タナカ家の場合、その本質はタナカ家の存続以外のなにものでもない。ゆえに、タナカ家の家族たちは家族失格といっても過言ではない。そういう意味では、家長の愛を一番知らない息子が、一番家族なのだった。
 そこにほんのりとした愛が絡まるまろやかな小説。読み終えて気恥ずかしくなってしまう小説だった。たまに読むなら気が和めます。


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横関大「グッバイ・ヒーロー」を読む(13.9.27)

 何気なく手にした文庫本。横関大の存在も著作も評判も知らなかったけど、ピザ配達のバンドリーダーが事件に巻き込まれていくって簡単な紹介文だけで購入。これはもうほとんどジャケ買いです。感覚は輸入版しか扱っていなかった頃のタワーレコードでの買い物みたいに。当たるも八卦、当たらぬも八卦みたいな。
 結論から言うと当たりだった。もう、読んでてニンマリしちゃうくらい。お人好しで、困っている人を見るとほっとけない親譲りの性格の持ち主・亮太。メジャーデビューを志すロックバンドのリーダーであり、すご腕(?)ピザ配達員。立て籠もり事件の現場にピザを配達することになり、そこで腰の低い冴えない中年男・おっさんと出会ったことで、長くて濃い2日間が始まる。メジャーデビューのかかったライブ開演タイムリミットまで、あと・・・。
 まずはスピード感。亮太の運転するバイクがごとく、疾走するのだ。亮太が、おっさんが。それでも次から次へと降りかかる災難と難ミッション。「亮太、手を引けよ。そこまでやる義理ないじゃん。練習に行けよ。ライブに行けよ」って、なんども本に向かって話しかけそうになった。でも、やめない亮太。だからヒーローなんだし、小説になるのだ。そんな亮太におんぶに抱っこのようで、さにあらずのおっさん。すっかり亮太といいコンビになってるんだけど、その謎めいた素性とは?そして亮太はライブに間に合うのか?
 緊迫した展開にピリオードが打たれたとき、ふと我に返る。まだページが1/4も余っているではないか。そこに描かれていたのは、もう一人のヒーローだった。やってくれるじゃないか、横関大。カッコいいじゃないか、横関大。久々にシビれたぜ。
 満足感あふれまくり。これはお奨めの一冊です。


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高田郁「銀二貫」を読む(13.9.23)

 江戸時代の大坂を舞台とした、商人の小説。戦国時代なら大坂が舞台っていっぱいあるけど、江戸時代ってあまり聞かないと思い、読んでみることに。
 寒天問屋井川屋の主・和助は旅の道中で仇討ちに出くわす。討たれた侍の息子を助けるべく、銀二貫で仇討ちを買い取った和助。しかし、その銀ニ貫は天満宮再建の寄進のために集めたものだった。救われた子は寒天場での厳しい修業を経て、井川屋の丁雅となり、松吉と名乗るようになるが、天満宮信仰の厚い番頭・善次郎は銀二貫の代わりとなった松吉に冷たく…。
 こう書くとなんか壮絶なイジメに立ち向う松吉の根性出世物語に聞こえてしまいそうだけど、さにあらず。松吉にみな親切なのだ。和助や善次郎だけでない。同僚の梅吉はよき理解者、寒天を好きになれずに奉行する松吉に寒天の味を教えてくれる嘉平、新しい寒天作りをともに試行錯誤する半兵衛。そして真帆。温かい人たちに包まれて、大人へと成長していく。
 でも、大坂に度重なる大火が幾度となくそれぞれの前に立ちふさがり、それぞれの運命を狂わせるんだけど、それでも負けずに前へ進もうとする。それが大坂の商人の意地か心意気かわからないけど、読んでいて清清しい。銀二貫を天満宮に寄進することを目標に井川屋は一丸となるんだけど、その都度いろんなことが起こってなかなか寄進できない。でも、その都度の出費はそれぞれに実になっていく。それが微笑ましくて。想いを込めた物事は想いを引き継ぐんだなって。
 世の中すべての人が登場人物のような人たちばかりじゃないんだけど、そんな人たちになりたいって思うんだよね。なかなかなれやしないんだけど。
 震災を経験した今、見習うべき胸に染みる物語だった。


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「三遊亭円丈・白鳥 親子会 円丈の骨、白鳥の肉むたび」を観る(13.9.18)

 落語は水ものということか。
 師匠円丈と弟子白鳥がそれぞれ2席演じる親子会。水入り前は秋をテーマに一席づつ、後半はフリーテーマでー席づつ。もちろん創作落語。正直、中入りのときに帰ろうかと思った。
 白鳥の釣りがテーマの『殿様と海』はたどたどしく、噺家の喋りとは思えない。江戸が舞台の古典風なんだけど、笑いは外来語とたとえと嫌味の現代とのギャップのみ。しかも釣りキチ三平なんて、現代の古典に近いじゃない。おいおいどうした?
続く円丈、柳家小ゑんが作ったおでんの噺し『新ぐつぐつ』を。こちらは他人の作のためか、つかえたり間違えたり。勢いと情緒の対比なんだろうと思いながらも、気持ちよく乗れない。場面転換の「ぐっつぐっつ」だけが響く。齢69、まさか老いじゃないよね。
 ということで、聞いてるこっちが不完全燃焼。中入り後が思いやられる?
 いやいや、そんなのは一時の杞憂に過ぎなかった。まずは白鳥が笑いをかっさらう。そんなに顔の知られてない本人の不遇を元に、超有名人の気苦労を想像した『隅田川母娘』。まさか禁断の国民のアイドルネタ。テレビ・ラジオじゃ絶対放送できません。お堀を越えたお嬢様、ひとりぼっちの大冒険。初体験の人町人情。チャカしているんだけど、いい感じなんだよね。ぼくらが思っていてもなかなか言えないことを代弁してくれて。シマムラの服に身を包んだ母との冒険も、反復チョイずらしがたまらない。もう笑った。どっかんどっかん大爆笑。限りなくタブーを笑いにするのは反則スレスレかもしれないけど、ここ数年、一番笑った噺しだった。
 弟子がそこまで笑いを掻っ攫ったら、師匠だって黙っちゃいられない。休憩中、『新ぐつぐつ』の出来と反応に不満だったという風のウワサもあったけど(そりゃそうだわな)、急遽ネタを変更して勝負。近年の代表作、『ムービー落語・ランボー怒りの脱出』をぶつけてきた。スタローン主演のアクション映画を、落語の所作でやったらどうなるかという、ぶっとびアイデアもの。本来しゃべりで聞かせるはずの落語を、見せ体感させるのだ。落語を含め狂言や歌舞伎など、日本の伝統芸能独特の所作って、今では信じられないというか。そのギャップに大いに笑えます。真似したくなっちゃいます。
 円丈・白鳥の意地と真髄を見た親子会だった。


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「風立ちぬ」を観る(13.9.16)

 ジブリ作品を劇場で観るのは『ハウルの動く城』以来。でも、宮崎駿監督作品で言えば、見逃しは『崖の上のポニョ』だけだったか。でも、これが最後の長編映画なんだよね。多くの人が同じなんだろうけど、初監督作品『ルパン三世カリオストロの城』で感銘を受けて以来、30年以上観てきただけに、ちょっと感慨深いのです。
 日本が貧困の中富国強兵を目指した大正から昭和初期。飛行機の設計士を志し、理想の飛行機を目指し邁進した堀越二郎の物語。二郎の夢と二郎の現実が交差しながら、決して話すことのできない人に啓示を受けたりして、二郎の飛行機作りは進んでいく。関東大震災を乗り越え、太平洋戦争へと続く混乱期の中で。
 人が空を飛ぶという夢を形に変えることが、多くの人の命を奪う兵器を作ることに。二郎も二郎が敬愛するカプローニも直面する現実。抗いきれない現実。せつないです。でも、そのせつなさを菜穂子がそばにいることで癒してくれる。でも、その菜穂子自体がまたせつなくて。まぁ、この部分は堀辰雄の話らしいんだけど。でも、泣けちゃいます。
 産業の発展や技術の向上は戦争なしではありえない。自然科学の発展は震災なしではありえない。ぼくらの今の便利や安全は、負の歴史の上に成り立っているという悲しい事実。だれだってそれを望んではいないはずなのに。だからこそぼくらは、その事実をきちんと受け止め、負の歴史を繰り返すとこなく、さらに前進させなきゃならないんだよね。
 宮崎駿最後の長編監督作品ということで、ぼくの勝手にうるうるポイント。二郎が名古屋について乗り込むタクシーのナンバーが、「0−33」なのよ。初監督作品『ルパン三世カリオストロの城』でルパンが乗ってたフィアットのナンバーと同じ「33」。そして、ぼくの愛車・珍クンも同じ「33」。宮崎駿の「33」への想いはぼくが受け継ごう。


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樋口卓治「僕の妻と結婚してください」を読む(13.9.11)

 前から書いているように、人が死ぬことを前提とした作品や、死なないと何も始められない作品は嫌いだ。だから、小山隊長からこの本をいただいたとき、どうしようかと思ってしまった。誰かの死がきっかけになるなんて、悲しいじゃない。
 でも、この作品はぼくのイメージと違った。放送作家である主人公が余命半年を告げられるものの、残りの余生を家族のために今までの延長上で生きようとする物語。それが妻の結婚相手を探すって。この突拍子のなさが、放送作家として生きてきた主人公の持ち味であり、これまでの番組作りの経験を生かして事に当たっていくところが、彼にとっての自然体なんだろう。その自然体のおかげで、最後まで楽しく読めた。
 とはいえ、ずるい小説なのです。だって、涙を誘う設定を大前提にしてるんだもん。これは卑怯としか言いようがない。そんでもって、泣く準備してたら笑わせてくれる。ほんと、ずるい。
 しかし、主人公はみんなに愛されていたんだなぁ。日々の言葉の積み重ねが大事なのね。見習わなくっちゃ。


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吉田秋生「海街Diary」を読む(13.8.18)

 毎年、夏休み前後にマンガを大人買いし、読みふけっている。基本、完結したものを選んでいるんだけど、今年はマンガ大賞2013を受賞した吉田秋生の『海街Diary』を購入。まだ完結はしていないけど、短編集としての趣が強いので、続きを待ち焦がれる想いも小さくてすむのではないかって。
 鎌倉を舞台に、三姉妹の住む一軒家に、異母姉妹にあたる中学生・すずが同居することになる。4人の同居生活と、彼女たちを取り巻く人々の日常を描いた作品。看護師の長女、信金勤めの次女、スポーツ用品店店員の三女、中学生のすず。それぞれが送る日々の中で出会う人々との交流や、その時々に生まれる感情が、丁寧に描かれている。その丁寧さが鎌倉という舞台の情緒と融合し、緩やかで穏やかな流れを紡いでいる。これが心地よく、そして胸に響くんだよね。そんで、鎌倉に行きたいって思うんだよな。
 もちろん創作だからってのもあるんだけど、4姉妹それぞれが魅力的なうえ、周りもいい人がいっぱいなんだよね。これまですずの育った環境や姉たちとの親をめぐる関係にハラハラしたりもしたけれど、こんな人たちに囲まれていたら、すずは絶対いい子に育つよ。鎌倉に来てよかったね。なんて、近所のおじさん目線だよ。
 そんないい人が身近にたくさん入るため、物語のベクトルが内へ内へと収束しつつあるのが気になるところだけど、無理に外を向いて今から試練の物語が始まっても戸惑うしなぁ。
 やっぱり、完結してない作品は読み終わると次が読みたくなっちゃうんだよなぁ。4姉妹のこれからが、早く読みたくて仕方なくなっちまった。
 この物語を読んでいて、あすなひろしの『青い空を白い雲がかけてった』を読みたくなった。なぜだろう。5巻の表紙(右上画像)のせいなのかな?


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「大ほっかいどうマンガ展」を観る(13.8.16)

 北海道は漫画家やアニメーターの宝庫なのです。そんな漫画家、アニメーターたちの作品(原画など)を一堂に集めて展示しようというのが、『大ほっかいどうマンガ展』なのです。北海道だからこそできる、オラが地元の展示会とでも言いましょうか。
 とにもかくにもすごかった。その密度の濃さにクラクラしちゃう。出品リストによると、71名全143作品の原画などが展示されている。各作品1枚ってことはなく、概ね1話だったり数枚だったり。なんで、展示されている枚数で言えば・・・たまらんぜ。最初のうちは1枚1枚じっくり観てたけど、途中から頭パンクしたもんね。すごすぎるよ。
 昔なつかしのペン入れケント紙(古くて黄ばんでいるものもあり)から、『コブラ』でお馴染み寺沢武一みたいに、コンピュータを駆使して描かれた原稿まで、ただ作家の作品をなぞるだけでなく、その時代時代の描き手の流行や技術まで見て取れる。マンガの歴史を感じることができます。
 ちょっと感動したのが『不思議な少年』や『天才柳沢教授の生活』の山下和美のカラー原稿。カラーは水彩で描かれているんだけど、紙がケント紙じゃないんだよね。ちょっとざらつきのある紙で、水彩絵の具が染み込むと、紙の紋様が現れるような。それがすごく味になってるの。
 他にもいろいろいっぱいあって、語りたいことは尽きないんだけど、それはまた違う機会があったらば。
 数多くある原画の中で、1枚だけプレゼントしてもらえるとしたら、どれが欲しいかな・・・。マンガの原画ではないんだけど、安彦良和『クラッシャー・ジョウ』キャラクターデザイン資料の、アニメーターへの申し送りかな。作品自体好きだったし、申し送りが楽しいんだよね、笑えるっていうか。あれ、欲しいなぁ。
 展示されてた作品、我が家にあるよってのいっぱいあって、読み直してみようかと思ったり。残念ながら知らない作家や作品もいっぱいあったけど、なんにも気になりません。ほんと、芸術ですから、マンガは。
 マンガ好きの人、見逃す手はありませんよ。


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徳永圭「片桐酒店の副業」を読む(13.8.16)

 ハードボイルドって、悲しみの数や深さに比例するのかな。本当の悲しみや後悔を知らない者には、他人の心の闇など見えるわけもない。だから、冴えない酒店の店主の「まごころ」に、人は想いを託すのかもしれない。
 ありふれた商店街の小さな酒屋・片桐酒店では、先代の頃から地域限定の宅配業務を行っている。「お荷物何でも配達します」のフレーズのもと、形のあるもの、形のないもの、届け先のあるもの、届け先が不明なもの、配達日指定のもの、配達日が遠い未来のものなんかが持ち込まれる。それぞれ送り手の想いを託されて。
 送り手は店主・片桐の人柄を見て依頼する場合もあれば、ただネットで調べて発注する場合もある。でも、きっとなんらかのアンテナで彼を選んでいるんだろう。そんな感じがするし、そうでなくては小説にならない。それは、彼の持つ悲しみの絶対量によるものなんだろう。バイトの拓也ではそんな依頼はきっと来ないに違いない。そこなんだよな。浅い人には浅い想いしか託されないんだよ。きっと実生活もおんなじなんだよね。
 ということで、悲しみの絶対量が足りないぼくはハードボイルドになれるわけがなく、人に深い想いを託されることもないんだよ。だからって、無理して悲しい想いをする気もないんだけど。
 この小説のいいところは、主人公の悲しみをきちんと明かしてくれること。謎で引っ張るのも小説の手段ではあるけど、やっぱり種明かしと次へのステップは読みたいもん。
 ということで、世の中の条理を認識させられたような気がする小説だった。


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「じぇじぇじぇ〜展」を観る(13.8.14)

 もはや日本のドラマ史に残る名作といっても過言ではない朝の連続テレビ小説『あまちゃん』。もう毎朝テレビに釘付けで。日曜日がつまらなくてしょうがない。テレビではアキが芸能界で活躍できるのか、震災はどう描かれるのかに注目が集まっているところだけど、撮影はすでに終わっているようで。そして、実際に使われていた衣装が展示される『じぇじぇじぇ〜展』が、なんとおらが街・札幌で開催されているって。そりゃ行くしかないでしょう。
 今回の展示はパネルと衣装。パネルは登場人物やこれまでのストーリーを紹介するもので、衣装はアキの制服(北三陸高校)とGMTのご当地衣装。あぁ、これが能年ちゃんの着た海女衣装かと思うと、袖を通したくなる。でも、この模様をメールで連絡した小山隊長からは「狸のちゃんちゃんこになる」とたしなめられる始末。ならば、埼玉代表・長ネギならばと伝えると、SAYUKIから「白菜になっちゃうよ」と。上手い。無理を承知で衣装を着ようなんて衝動に駆られるのも、阿呆の血のしらしむるところ。
 なつばっぱの衣装って凝っていて素敵だから、いつか一堂に見られる機会があればいいなぁ。あと、『ブティック今野ださださファッションショー』も観たい気が。弥生さんの衣装なら、ぼくにでも着れるかも・・・。

アキの制服、かわいいね

かすり木綿の海女衣装

衣装がダメなら、パネルだけでももらいたい・・・

入間しおり・長ネギ

小野寺薫子・仙台牛

喜屋武エレン・琉球民族衣装

遠藤真奈・佐賀がばいばあちゃん

宮下アユミ・阿波踊り


宇宙船リメンバー

暦の上ではディセンバー

空回りオクトーバー

涙目セプテンバー


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「SHORT PEACE」を観る(13.8.14)

 昨今のアニメ事情をぼくはよく知らない。正確に言うと、『風の中のナウシカ』以降、アニメ事情を追っていない。もちろん単発的に面白そうなアニメは見てきたけど、監督がどうだ、アニメーターがダレだってのはそんなに気にかけていなかった。でも、「やっぱ世界の大友」は気にしてるし、石井克人は大好きな監督の一人。となると、この二人の作品が観られる『SHORT PEACE』は外せないかなと。
 オムニバスをどう捉えるか。『九十九』『火要鎮』『GAMBO』『武器よさらば』の4作からなり、それぞれが独立した作品となっている。それぞれがそれぞれに面白く、圧倒的な質感を持った作品だった。1本当たり20分程度。その尺では言い表しきれなかったあれやこれやが合ったに違いない。それがまるで伏線のように、各作品のあちこちに散りばめられていて。もしかしたら、それら伏線がどこかで繋がるのではと期待すらしてしまう。残念ながら、繋がらないんだけど。もしかしたら、それぞれの作品の続編的なもやFullバージョンが作られるのかもしれない。
『九十九』
 旅人が雨宿りのために入った祠は、人々により捨てられた物たちの怨念がこもった場所だった。よろず修繕屋の華麗なる手さばきにご注目。背景の緻密さと、登場人物のいかにもマンガチックのギャップが、アニメの原点を主張しているみたいだった。修繕屋の今後の活躍がどこかで描かれそうな・・・。
『火要鎮』
 江戸時代、大棚の娘と火事好きで勘当になり火消しとなった隣家の息子の悲恋。さすが大友、とてつもない質感と映像美。水がふんだんに使えなかった時代の消火活動って、火を消すのではなく、火を拡散させないことだったんだ。これ、もっと長い話にできるでしょう。キッチリ観たいもん。でも、この絵のクオリティを長編でやるのはしんどそう。
『GAMBO』
 江戸時代?の山奥でのお話し。集落の女性を次々にさらっていく凶暴な鬼と、少女に恩を感じる熊(GAMBO)の壮絶な闘い。迫力ありです。伏線いっぱいです。どこに繋がるか、気になって仕方ありません。GAMBOが幼い頃に少女に受けた恩とは?鬼は一体どこから来たのか?その他もろもろ、どうなっちゃうの?石井さん。
『武器よさらば』
 なっつかしいなぁ。これマンガで読んだのって、何十年前だっけ?謎いっぱいだけど、オチもあるSF作品だって面白く読んだ記憶が。高揚感とサゲが印象的なんだよね。


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「aiko Love Like Pop vol.16 〜15th Anniversary〜」を観る(13.8.12)

 なんだかaikoのライブを観ることが毎年恒例になってきた。未だに熱烈なファンというわけでもなく、聴いたことのない曲もたくさんあるんだけど、なぜだかライブを観たくなる。aikoの人柄が滲み出ている楽しい楽しいライブに。
 ここでちょっと考えてみる。ぼくにとってのaikoの魅力ってなんだろうか。aiko曰く「ライブに来るマニアックなみんな」の言葉がまんまなんだろう。aikoは変わらない。もう背も伸びないだろうし、貧乳がグラマラスになることも。結婚するかもしれないけれど、お色気ムンムン路線に変更することもないだろう。そして、いつまでも楽しくせつなくCuteでPopな愛の歌を歌い続けてくれるだろう。聴衆の合いの手に軽快に応えながら。それこそがaikoの魅力であり、そんなaikoが観たくて、聴きたくて、ライブに足を運ぶのだ。
 そんなaikoもデビュー15周年。Overtureでaikoの15年が映し出されてからのスタート。今回のライブは懐かしい曲がいっぱい。なにせよ〜く聴いてたのって新潟にいた頃(デビューから5年くらいまで)だったので、知ってる曲が結構たくさん。なんかいろいろ思い出しちまったぜ。
 いつまでも変わらずに歌い続けるaikoを通して、変わっちまった自分に気付く。なんとも痛いような痒いような感覚ではあるんだけど、それが心地よかったりもして。そんな恥ずかしいような気分を、また今年も味わってきた。ぼくはすっかり汚れちまったけど、aikoは変わらず恋の歌を歌い続けてもらいたいなぁ。
 そうそう、aikoがいまハマってるマンガは『テラフォーマーズ』なんだって。今度一気読みしてみようかな。


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道新寄席「立川談春 独演会【8月札幌公演】」を観る(13.8.10)

 立川談春の独演会。年3回公演のうちの2回目です。真夏の盛りということで、志の輔みたいに怪談話をやるのかと思いきや、さすがにそれはないようで。談春曰く、談志の芸のすべてを伝承することは無理だけど、弟子たちが少しづつ分担して継いでいければ、志の輔のやらないことを談春がやれば。確かに劣化版談志が増殖したって、話芸の発展には繋がらないよね。それぞれが個性を持って精進していかなければ。
 談春の枕はご当地の花の話が多いのかな。前回は梅と桜が同時に咲くって話、今回は紫陽花とコスモス。落語って結構四季を映し出しているから、地方での公演ではその時々に咲いている花をよく見ているんだろうなぁ。それとモアイを。
 そんな枕の後に『宮戸川』。別名『お花半七なれそめ』。夜遊びが過ぎて締め出しを食らったお隣りさんの半七とお花。半七が叔父の家に向かうと、お花も連れて行けとついてくる。いい仲と勘違いされるので渋る半七とかまわずついてくるお花。叔父の家に着くと案の定・・・。これは計画犯です。半七はハメられたのです。でももちろんまんざらではないのです。幼馴染の初々しさです。そんな機微が手に取るように見えてくる。そんなやり取りにニヤニヤさせられてしまう。もちろん、叔父さん夫婦のすっとぼけ感もたまりません。
 仲入り後、ぼくにとってはまさかの『子別れ』です。『子は鎹』とも言います。この時期にこの噺を持ってくるとは。人情噺の中でもベタでしょ。子供と動物っていかにもずるい気がするし、それは正蔵でいいでしょって。でも、談志譲りで談春に染められた『子別れ』はただの人情噺にとどまらなかった。これまであざといまでに泣きの要素として使われてきた亀(息子)の、なんとも痛快なこと。亀の登場で噺がパーッと明るくなり、笑いの坩堝に。それでも人情噺としての泣き所はキッチリ抑えている。青い色鉛筆がじーんときます。噺の後で『子別れ』にまつわる談志とのエピソードが語られ、今は希薄といわれてる師弟って関係もいいもんだよなって思っちゃって。


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「恋する輪廻オーム・シャンティ・オーム」を観る(13.8.8)

 ボリウッド映画の最高峰と言われる『恋する輪廻オーム・シャンティ・オーム』。札幌では1週間1日1上映、都合7上映しかしないんだって。見逃してはなるものかと、行ってきましたシアターキノへ。
 ボリウッド映画の特徴その@:長い!上映時間は3時間。でも、決してつらい長さではなく、気付けば過ぎ去る長さなの。なんでそんなに長いのかっていうと・・・。
 ボリウッド映画の特徴そのA:歌って踊って豪華絢爛。とにかく歌い、とにかく踊る。ストーリーに関係ある歌も関係ない歌も、とにかく全部歌いきり、踊りきる。それが何曲も。でも苦にはならない・・・というか、それが楽しい。
 ボリウッド映画の特徴そのB:一筋縄ではいかない大胆な筋立て。起承転結じゃなく起承転転結だったり起承転結転結だったり、またくるかって感じ。
 そんなボリウッド映画の最高峰なんだもん、うれしたのし大好きってやつですよ、そりゃもう。
 売れっ子女優に恋焦がれる売れない役者。届いたはずの想いは空回りし、彼女を救うべく奮闘も帰らぬ人に。その30年後、ボリウッド映画界に君臨するスターはあの売れない役者と同じ名、同じ顔の男だった。自分の転生に気付いた男は、前世で恋した女優の無念を晴らすべく、禁断の映画『オーム・シャンティ・オーム』の制作に乗り出す。
 ボリウッド映画自体を舞台としたボリウッド映画。ボリウッド映画を知らない人にも、ボリウッド映画とは何ぞやをわかりやすく見せてくれる。やっぱ、歌い踊るところは楽しいのだ。とくにフィルムフェア誌賞最優秀男優賞獲得パーティでの歌い踊りは圧巻。何分やってたのかな?次々と登場するゲストとともに、主人公がただただ陽気に歌い踊る。ぼくにはわからなかったけど、このゲストたちっていうのがボリウッド映画のスターたちなんだとか。また、作品の随所にボリウッド映画の小ネタやオマージュが散りばめられているんだとか(残念ながらぼくにはわからなかったけど)。これって『あまちゃん』?
 この映画の出演を機に、ものすごい人気を獲得したというシャンティ役のディーピカー・バードゥコーン、かわゆす。最初は目が鋭いなって思ってたけど、だんだんその目に吸い込まれます。
 暑い夏には辛いカレーとインド・ボリウッド映画ですね。


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有川浩「キケン」を読む(13.7.31)

 男の子はヤンチャでなんぼ。若いうちは少しくらいのバカをしなきゃ、いつバカやるっていうの。
 そんな世の中の男共がこぞって賛同するような痛快青春小説を、有川浩って男みたいな名の女流作家が書きやがった(チクショー)。しかもスポ根ものじゃない。音楽でも映画でもない。工学系サークルで。この驚きと悔しさたるや、言葉にできないくらいなのだ。
 キケン(成南電気工科大学機械制御研究部)に集うバカどもの詳細はとにかく小説を読んどくれ。ここで説明なんぞしたら、面白みが半減しちまうからさ。それにしても、女子に恵まれない野郎どもの生態を、よくぞここまで創作したものかと、悔しさを通り越し、感服してしまう次第である。工業大学卒のぼくもただただうなずくばかりなり。もちろんキケンみたいにアクティブなバカではなかったけれど、通じるものは多々あるもん。残念ながら、「ユナ・ボマー」なんて洒落た異名を持つものは誰もいなかったけど。あっ、ひとりその顔立ちから「タイガージェット・シン」と呼ばれてたダチがいた。
 大学を卒業して二十数年。齢も四十を半ば過ぎ、最近大学時代の友人とよくつるんでいる。数年前までは音信すら普通だったのに。まさに本作の語り手のように。だからこそなお一層共感できるんだよね、この小説に。
 まったく、ずるいと声を大にして言いたいほど、有川浩の着眼と発想には脱帽なのである。


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「喬太郎北伝説〜柳家喬太郎独演会」を観る(13.7.27)

 ぼくの好きな落語家の一人、柳家喬太郎の北海道で初の独演会。主催者は昔なじみの札幌の高校教師、チケットはメールで予約し、代金を銀行振り込み。場所は我が街・新さっぽろのサンピアザ劇場と、手作り感満載の独演会なのだ。それもこれも、落語という座布団一枚の夢空間がなせる技。
 いやいやホント、上手いんだよね、喬太郎。表情、しぐさ、声のハリ、間で巧みに登場人物を演じ分ける。これが心地よいんだよね。
1.開口一番『学校へ行こう』二松亭ちゃん平
 茨城の高校の現役教師だという。大学の落研出身で、今でも落語を続けているとか。そんなちゃん平の教師生活を散りばめた(?)新作落語。消えたかつらと不登校生徒、問題の多いクラスを担任はどうまとめるのか?
 楽しいクラスじゃないか。洒落のきいた愉快な。でも、担任にしてみれば、笑い事じゃないんだろうなぁ。でも、笑って許せるいいクラスなので。
 ちゃん平、前座にしては歳をとっていると思いきや、まさか素人さんだったとは。声のハリと威風堂々としたるところは、さすがに高校教師。面白かった。
2.『ちりとてちん』柳家喬太郎
 4月の『三つ巴落語会 in 岩見沢』で喬太郎の直前に桂吉弥がかけたのが『ちりとてちん』。今日来た聴衆にも観てた人多いと思うんだけど、まさに起きて破りというかなんと言うか。でも、情感たっぷりの『ちりとてちん』は、本家上方とは違う味わいで(注:豆腐の腐ったのであることは間違いないけど)、楽しませてくれる。ネタバレしてても演じてによる違いを楽しめるのも落語の醍醐味。それをぼくらに教えるべく、今回の頭にかけたのかな?
3.『抜け雀』柳家喬太郎
 与太噺のようで実は人情噺なんだよね、これ。与太の部分で効かしまくったメリハリが後になって響いてきます。演出構成が巧みなんだよね。それにしても、絵描きの声のハリはいつまでも耳に残り、こっちまでが旅館の主同様首をすくめてしまいます。
4.『すみれ荘201号』柳家喬太郎
 主催者と喬太郎の縁は大学対抗落語大会だそうで。そんなこんなで大学は落研の不条理な日々が面白おかしく語られて。ぼくも昔は落研に憧れてた口なので、与太噺もうらやましく思えてくる。そんな回顧録の後にかけたのが創作落語。
 同棲カップルに訪れた危機。地元で見合いをする彼女。帰京し彼との対峙。これらのシーンがまるでドラマを観ているがごとく展開されていく。彼女とその母の艶っぽさは喬太郎の真骨頂。腹の出た白髪のおっさんが色っぽく見えるので。その一方で、地元の市議会議員は喬太郎の地なのか?『東京ホテトル音頭』『大江戸ホテトル小唄』『東京イメクラ音頭』と、高校教師主催の落語会で「大丈夫?」と心配になる爆笑ソングを披露して、同棲カップルの悲しい性を盛りたてる。
 いや〜、面白かった。やっぱこの人の落語は上手くて楽しいや。座ったままの一人芝居だね、これは。またぜひ来て欲しい噺家だね。


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こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」を観る(13.7.22)

 井上ひさし著『手鎖心中』に感銘を受けたにも関わらず、演劇好きを公言しているにも関わらず、これまで一度もこまつ座公演を観たことがなかった。何度も観たいと思っていたのに、あと一歩踏み出せずにいた。でも、今回はその一歩が出た。それはこまつ座の100回記念公演だったから。そして、主演が小泉今日子だったから。井上先生、ごめんなさい。
 樋口家のお盆参りを毎年切りとって構成されている。明治23年から31年までのお盆+1日に集う女性5人と御霊1体。江戸幕府から明治政府の時代の移行が彼女たちにもたらしたものが、30年を経ても拭い去れぬまま。それぞれが生きぬくために時代や世間と時に迎合し、時に抗いながら。
 有り体に書くとせつない。時代が悪い、世間が冷たいと言うのは容易い。でもそれって今の時代を生きているからこそ言える、安直な言葉なんだろうなぁ。今の世にだって似た想いしてる女性もいるだろうし。だから、挫けながらも前を向くことの大切さを、井上先生は伝えたかったのかなって。女性(+御霊)により転換期に差をつけながらも。まぁ、こんな感想もまた有り体なのだろうけど。でも、前を向いたときの女性(+御霊)たちは、たとえその姿が白塗りだろうと白装束だろうと、美しかった。
 幕が上がったとき、女性たちが幼女に扮し浴衣姿で歌うんだけど、KYON2ったらあんみつ姫の再来かと思ったよ。まさに、じぇじぇじぇ(‘jjj’)/
 そういえば『あまちゃん』で春子を演じるKYON2が夏子(一葉)を演じるのはなんか面白い。


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海堂尊「モルフェウスの領域」を読む(13.7.22)

 桜宮サーガもいよいよ終焉に向かっている。田口・白鳥シリーズは完結したみたいだし、世良先生もちょっとビターなハッピーエンドを迎えたし。そんな中、未来へ羽ばたくサーガの芽である『モルフェウスの領域』が文庫化されたので、読みまして。
 主人公の一人は『ナイチンゲール』にも登場したオレンジ病棟のガキ大将・佐々木アツシ。レティノブラストーマという目の病気で片目を失った彼が、全盲になる危機を回避すべく、5年間の眠り(凍眠)につく。そんな彼が目覚めるとき、オトナの思惑が入り乱れる。
 この物語は田口・白鳥シリーズだけでなく、『ジーン・ワルツ』『医療のたまご』(未読)と繋がっている。作者曰く、『医学のたまご』で生じたほころびを繕うために執筆した作品だということだが、サーガの縦横をしっかり結ぶ、要のような作品となっている。そして、世良先生がサッカー部のエースだった頃のあの作品とも。
 なにより、マイケル・ジャクソンも切望したらしい凍眠を、5年という期間で区切ることにより、より現実味を与えている。たとえ5年が必要に迫られて意図的につけた期限だとしても、そこに説得力を持たせるのは作者の腕。お見事。
 また、凍眠を法的に認めた「凍眠八則」の提唱者がゲーム理論の覇者・曾根崎伸一郎というのも、現代をすごく反映していると思った。現実を見通せない政治家や利権の権化たる官僚に新しいものを創造する力はもはやない。その力を持つものは、なんのしがらみも持たないものなのかもしれない。激しく同意。
 ハイパーマン・バッカスが大好きなアツシが帰ってきた喜びと、5年の凍眠がもたらした変化に対する戸惑い。それはグッチーやショコたんと一緒に読み手も共有していたと思う。そして、静かに見守る涼子という存在。戸惑いが多い中、みんながアツシを守ろうとする。大人たちの都合から。必ずしもそのすべてに共感はできない。でも、感情こそが一番大切なもの。そこには再び激しく同意。
 この作品は『医学のたまご』への繋ぎとなったのかもしれないけど、5年後になにが起こるのかを確かめたいと思う。5年後のことだけではなく、『ジェネラル』のもうひとつの側面も、「オペ室の悪魔」のことも。だからこの作品はサーガの未来だとぼくは思っているのです。


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「ドレッサー」を観る(13.7.21)

 三谷幸喜が海外の戯曲を演出する。しかも、過去に何度も上演が繰り返され、大物俳優たちが演じてきた『ドレッサー』を。パンフレットによると、三谷幸喜はこの作品に触発され、東京サンシャインボーイズの代表作のひとつ『ショー・マスト・ゴー・オン』を書いたとか。
 第二次世界大戦のさなか、空襲警報が鳴り響く中、シェークスピア劇団の座長は開演目前に迫りながらも、『リア王』の上演を渋っていた。座長夫人や舞台監督が上演中止を言い出す中、座長を舞台に上げるべく、あの手この手で説得するのは、付き人兼衣装係(ドレッサー)ノーマンだった。彼は座長を懐柔し、上演にこぎつけることができるだろうか?そして、舞台を成功に導くことはできるだろうか?
 座長とノーマンのやり取りが根幹だけに、やっぱり橋爪功と北海道の星・大泉洋に目が行く。座長の駄々に丁々発止で言い返すノーマン。この関係がとてもしっくりしているのだ。座長のツボはすべて抑えていると言わんばかりに持ち上げてたり落としたりするノーマン。信頼があるからこその巧みな会話が、小さいながらもたくさんの笑いを紡いでいる。コツコツと、まるでジャブがごとく。第一幕の終わりにはガッツポーズ必至。
 ジャブといえば、枝葉的ではあるんだけど、座長と妻、座長と舞台監督、座長と劇団員たちのやりとりも、ボディーにじわじわ効いてくる。ここの伏線がほんと効果大だったよね。
 座長にとってのノーマンの存在、妻、舞台監督、劇団員。積み重なった言葉の数々が、最後に重く響いてくる。なんだか哀しい話なんだけど、それもまた演じることにすべてを捧げた男であるがゆえと思うと、天晴れなんだろうなぁ。
 大泉洋、熱演です。静から動、感情の起伏、膨大なセリフに込められた感情がひしひしと伝わってくる。さすがは北海道の誇り。もっとどんどんハイレベルな脚本や演出に身を投じてもらいたい。北海道の星にとどまらない才能だと思うので。もちろん、大泉洋だけでなく、NACSメンバーみんなにいえてることだし、その機会が多くなっているのはうれしい限りなんだよね。あとはそのカンパニーで札幌公演やってくれれば完璧なんだけど。
 三谷演出の重厚な舞台、堪能しました。


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「清水ミチコのお楽しみ会2013〜清水ミチコ物語〜Tour Final」を観る(13.7.19)

 もうね、面白いってことは最初からわかっていたんだよ。それでもさ、その期待をはるかに上回るものを見せられちゃうとさ、もう涙流しながら笑っちゃうんだよね。だいたい、会場に入ったらいきなりこれ(⇒)だぜ。矢野顕子さんに謝れってとこだよね。
 清水ミチコのすごいところは、ものまねがものまねにとどまらないところだよね。感覚じゃなく、真似る人の特徴を理論的に捉えることができる感覚、単にものまねするだけではなく、創造する力。これはあきらかにものまねショーではなく、芸術の部類なのだ。しかも、ものまね以外の清水ミチコらしさも満載だし。
 なにから書けばいい?オープニングのビデオ?かつらの使用前・使用後?ひとり紅白?リクエストものまね?作曲法(ユーミン、みゆき、ドリカム、スピッツ、森山家、飼育係、達郎)?百恵ちゃん?まだまだ、もっともっと・・・いっぱいありすぎてたまらない。とにもかくにも笑いっぱなし。涙流して笑いっぱなし。
 ビデオだって、大竹しのぶとの対談だぜ。で、大竹しのぶが桃井かおりのまねしちゃうんだぜ。大女優にそこまでさせるなにかを、清水ミチコが持っているということか。
 ツアーファイナルということで、サービスてんこ盛り。ものまねのポイント解説入りメドレーなんて、彼女ならではのネタだよね。
 そしてアンコールのラスト。アラビア語の歌が締めかよ。しかも3曲も。誰も知らない、知られちゃいけないような曲(ネタ)を最後に持ってきて、それでいて大爆笑をさらってく。このエッジの効き方が清水ミチコなんだろうなぁ。ステキすぎる。
 彼女を追える人なんて、いないんだろうなぁ。孤高の女芸人清水ミチコによる、最高の笑いを堪能したステージでした。
 ホテルに入り、TVを点けたら、徳永英明が『僕らの音楽』で「声に特徴のある女優」として桃井かおりと大竹しのぶの名前を出していた。もう、大爆笑よ。


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坂木司「和菓子のアン」を読む(13.7.14)

 これはまったく見逃していた。上京すると小山隊長がお奨めの本をくださる。これがぼくの本選びの盲点をついていて、いつも読書に幅が広がる。で、先日の上京でいただいたのが『和菓子のアン』。ほのぼの和菓子ミステリーなのだ。
 ぽっちゃり系の梅本杏子(通称アンちゃん)18歳。デパ地下の和菓子舗・みつ屋でバイト中。食べるの大好きの彼女がみつ屋で出会う店員や客とともに和菓子に込められた想いを解き明かすという物語。ミステリーなんだけど、警察沙汰とは無縁のほのぼの感がたまらない。日常の1ページに潜むミステリー。ささやかな秘め事。お洒落なのです。
 なによりアンちゃんに親近感が湧いてたまらない。食べること大好きで異性がちょっと苦手。これはまるでぼく・・・なんてね。みつ屋の店員はギャンブル好きの女性店長・椿さん、イケメンながら乙女心を持つ立花さん、いまどき女子大生の桜井さんと、みんな花の名前が織り込まれている。こちらもなんか乙女チック。
 それにしても、和菓子って奥が深いんだね。職人さんのセンスと遊び心に、言葉遊びが加わって、無限に広がるほんわかミステリー。面白いですぞ。
 で、ぼくにとってのいちばんの謎は「Kの存在とAのVサインに」。実は本をいただいたときにブックカバーがかかっていて、表紙を見ずに読み始めたのだ。しかも、中表紙もブックカバーに入り込んでいたので、タイトルと作者名をきちんと確認しないで。で、中表紙の次のページに一行だけ書かれていたのが「Kの存在とAのVサインに」。てっきりこれが本のタイトルだと思って読み始めた次第で。でも、読み進めてもその意味がわからない。Aはアンちゃんとしても、Kは・・・?ところが、最後までその謎はわからず、あとがきを読んでタイトルでもないことに気付く。おそらく「敬愛なる○○に捧ぐ」の類だと思うんだけど、こればっかりは謎解きがないままで。
 どうやら続きもあるようなので、次こそは見落とさずに読むことを誓うのです。
 今度、和菓子屋さんで上生菓子を買ってみよう。


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SAPPORO CITY JAZZ「石橋凌 Jazzy SOUL」を観る(13.7.8)

 連荘でSAPPORO CITY JAZZ。今回は石橋凌です。ARBの石橋です。すっかり役者の石橋凌。でも、、心にSoulが宿った石橋凌。
 いやはやかっちょよい。梅津和時や板橋文夫が脇を支えている。そんで、彼らがまずはかっちょよい。生活向上委員会だぞ、Jazzピアノの重鎮だぞ。そんなメンツを従えて颯爽と登場する石橋凌。第一声だけでガツンとやられた。
 やっぱ、声がいいんだよなぁ。何年経っても彼は、彼の歌声は一流なんだよなぁ。そんで、ARBの曲からスタンダードなカヴァーまで、Jazzyに歌いこなすんだもん、たまらない。心の一曲として歌い上げた『I WISH WAS IN NEW ORLEANS』、よかったなぁ。『MERRY XMAS SHOW』で桑田佳祐、石橋凌、小林克也が並んで歌っていた場末のストリップ小屋を思い出しちゃった。
 『魂こがして』には首筋がざわついた。きた〜っ!ってかんじで。とにもかくにもかっちょよいライブだった。やっぱあんたは漢だね。
 前日、石橋凌が札幌ローカル番組で伊吹吾郎とガン飛ばしあってたんだけど、肉付きがよくなって目をひん剥く石橋凌が、六平直政にしか見えなくて。でも、かっちょええんだよなぁ。


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SAPPORO CITY JAZZ「土屋アンナライブ」を観る(13.7.5)

 正直おどろきだった。初めて行ったSAPPORO CITY JAZZの会場の雰囲気もさることながら、土屋アンナのカッコよさにおどろいた。それがJAZZかというと異論があるかもしれないけど、酒飲みながら聴ける雰囲気にも合ったオトナなカンジ。これが実にハマっている。オノナのオンナなのだ。
 あのスタイルに黒のボンテージルックってだけで決まっているのに、ちょっとしゃがれた声がアコースティック編成のバンドに乗ると、オトナ度がググッとUPする。彼女、ハードな曲調よりも落ち着いたほうが合ってると思う。それで、自前の曲ばかりでなく、カヴァーも歌い上げていて。本人も特にROCKとかJAZZとか意識してないって言ってたけど、独自の素敵な雰囲気を醸し出していたことは確か。それが何度も言うけどカッコよくて。『Livin' On A Player』は圧巻の一言。
 とかいいながらも、MCはいつもの姉御キャラで親近感も湧いてくる。ビール、旨そうに飲んでるし。
 最後は『Brave vibration』で締め。緩やかな横ノリが心地よかった。いいね。


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葉室麟「風の軍師 黒田官兵衛」を読む(13.6.30)

 昨年読んだ軍師・黒田官兵衛を主人公とした『風渡る』の続編。キリシタン大名だった官兵衛の、戦国時代の暗躍を、当時のキリスト教の立ち位置とともに書き記した一作。教科書にも歴史ドラマにも描かれない時代の欠片が描かれている。
 前作では明智光秀を利用し織田信長を亡き者にした官兵衛。次のターゲットは信長の跡を継いで天下人となった、豊臣秀吉だった。それは如何に?キリスト教、イエズス会はどうかかわったのか?そして、戦国時代のクライマックス、関が原の合戦へと話は進む。
 もちろんこの物語はフィクションである。本能寺の変や秀吉の死に官兵衛が関与していたかはわからない・・・というかない方なのだろう。でも、「あの官兵衛ならやりかねない」と思わせるところが彼のすごさであり、書き手の上手さなんだよね。そこに因縁浅からぬ光秀の娘・ガラシャと信長の孫・秀信を絡ませ、キリスト教で包み込むことによって、キリスト教の教義を表現している。上手いよね。
 官兵衛にどれほどまでの野心があったのか?天下を取るつもりだったのか、キリスト王国を作るつもりだったのか。どっちかはわからないけど、どちらでも夢がある話しだよね。来年の大河ドラマ、官兵衛がどう描かれるかが今から楽しみで。
 ガラシャの最後、秀信の最後など、まだまだ知らないことがいっぱいあって。歴史ものって面白いよね・・・って、歳をとった証拠?


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大野雄二&ルパンティックファイブ「ルパンジャズライブ」を観る(13.6.27)

 やっぱりぼくの心の中にはルパンイズムが流れているのです。だから、大野雄二の奏でるジャズに思いっきり酔いしれる夜は最高なのです。
 不慮のアクシデントにより昨年は観ることができなかった『ルパンジャズライブ』。今年は万を持しての参戦です。メンバー、一昨年と同じです。なんかホッとします。大野雄二翁がオルガンの前に座るとスイッチ入ります。燻し銀の演奏が始まります。正直、セットリストに大きな変化はありません。でも違うのです。それはジャズだから。アレンジの細かな差と演奏の大半を占める各自ソロの違い。ベースこそ同じ曲でも、中身は違う曲なのです。それがジャズなのです。
 だから、『ルパン三世のテーマ』で本編が終了したときに、アンコールは『炎のたからもの』と『サンバ・テンペラード』だってわかっていたのです。それでも、大野雄二翁が一人で登場し、ピアノを引き出したときは首筋に震えが走るのです。心が『炎のたからもの』を欲し、その音に揺れるのです。しかも、『炎のたからもの』からの『ルパン三世・愛のテーマ』への流れ。大野雄二翁の熟練のピアノプレイが堪能できます。
 そして最後は『サンバ・テンペラード』。メンバー全員登場し、この夜の最後を締めくくる。最高!
 ホールで聴くのももちろんいいんだけど、キャバレーで酒を飲みながらなんてのもいいと思うんだよね。オトナの楽しみ方として。
 個人的には大野雄二翁の名曲『大追跡のテーマ』も一度ジャズアレンジして演奏して欲しいなぁ。ぼくにとっては『ルパン三世』と並び、大好きな曲だから。


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箱入り息子の恋」を観る(13.6.19)

 恋人いない歴=年齢の冴えない市役所員・健太郎。向上心も社交性もない彼を見かねた両親が勝手に進めた婚活でお見合いすることになったのは、いつかの雨の日の女性・奈穂子だった。
 マルチな活躍をする星野源の初主演映画は、心に染みるハートフルかつコミカルなラブストーリー。冴えないという意味では相通じる身だけに、健太郎への思いいれは人一倍。手に汗握り、大笑いしながらも、二人の恋の行方を応援してしまうのだ。
 心を開かないで生きてきた健太郎が、奈穂子の父に訴える言葉は、字面以上の力を持って響くのだ。見た目の格好だけじゃ人は判断できないと。そして、その言葉に心震わされる人がいるんだってこと。想うことの大切さが伝わるんだな。
 ハッキリ言っていい映画です。素敵な映画です。「そんなアホな」も「それもアリ」。不恰好でも一生懸命は素晴らしいのです。自分じゃそれができないだけに、悔しい反面うらやましいのです。
 観終わった後はもちろん吉野家、牛丼並み盛つゆだくです。いつも頼んでる生卵を我慢し、いつもは載せない紅しょうがをONしちゃいます。この映画を観た後はこれが鉄板なのです。『300円で満たされるまずい安心』で泣けるときだってあるんだぜ、石崎ひゅーい。あっ、そっちも夏帆だった。
 それにしてもとてもやばいっす、夏帆。『ヒトリシズカ』の陰のあるメガネっ娘、『みんな!エスパーだよ!』のヤンキーパンチラで心が揺らいでいたのに、『箱入り息子の恋』の盲目清楚なお嬢様で心わし掴みされちまった。物凄いギャップだけど、どれもかわいいのです。いつの間にかこんな素敵な女優になったんだ?『うた魂』の金魚顔はいまいずこ?


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探偵はBarにいる2 ススキノ大交差点」を観る(13.6.14)

 探偵がススキノに帰ってきた。もちろん、相棒・高田とともに。そして次なる敵は政治家だ。
 探偵と懇意のオカマバーホステスが、全国マジシャン選手権なるものに優勝した2日後、ススキノで殺害された。その真相と真犯人を探すべく動き出した探偵だが、街の仲間はなぜかよそよそしく、終いに大勢から狙われる身に。謎のバイオリニストとともに。
 まずは全国の皆様にお伝えしておかねばならない。ススキノはそんなに危険な場所ではありません。客引き行為も条例で禁止されていますので、ご安心して遊びに来てください。
 地元が舞台の映画って、なんかこそばゆいよね。「あっ、ここっ」ってのがそこかしこに散りばめられていて。しかも、学生時代に過ごした室蘭もロケ地になっていて。しかも、面白いんだからたまらない。
 なにを書いてもネタバレになりそうで。だからStoryについては詳しくは書かない。となるとなにを書こうかと。やはり大泉洋と松田翔太のコンビは相変わらずいいですね。尾野真知子は相変わらずのおきゃんで、渡部篤郎は相変わらず半キレキャラ。そんななか、オカマ役のゴリの素のときの姿がとてもいい味出している。レギュラー陣がアクが強いこの映画の中で、とてもいいスパイスとなっている。
 なんかあいまいな紹介になったけど、面白いことは間違いなし。
 そうそう、劇中に上田札幌市長が渡部演じる国会議員を激励するシーンがあるんだけど、なぜはるみちゃん(北海道知事)じゃなく上田市長だったのか。道民以外は興味ないかもしれませんが、ちゃんと意味があるのです。はるみちゃん、残念。


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小林賢太郎 LIVE POTSUNEN 2013「P+」を観る(13.6.9)

 今回の小林賢太郎ソロワークスはワールドVerなのです。ヨーロッパで上演されたコントをそのまま日本にも。言葉の通じないヨーロッパで笑いをとる。それはまさに言葉以外での勝負で。でも、映像を駆使したコントを見せる小林賢太郎にとっては、お手の物といったところか。
 「し〜」「ん」「あ」「え」「お」しか発せられない舞台。基本に忠実に間を取り、映像を絡め・・・。ところがこれがぼくの身にとんでもないことを引き起こすとは。
 あまりの静かな見せる舞台。その静けさのためか、ぼくは睡魔に襲われ負けてしまったのだ。なんてこったい。大半覚えていやしない。気付いたのは一連のコントの最終盤。で、すぐに小林賢太郎の挨拶が始まった。でも、時計を見ると開演から1時間。まさかこれで終わりじゃないよね・・・。あっ、東海道五十三次走破してくれるって。そりゃよかった。
 てな感じで、なんとも不覚な舞台観劇。このところ忙しかったから・・・。サイレンとなお芝居には要注意ですな。申し訳ない。


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「中学生円山」を観る(13.6.8)

 クドカンはどうしてぼくの心を見透かすことができるのだろうか。この映画にはぼくがたくさん詰まっているみたいだ。残念ながらちんちんを舐めようとしたことはないけど。
 団地に住む平凡な(?)中学生・円山。彼は日々自主練と妄想に耽り、団地の住人たちをハードボイルドなキャラクターに仕立てていく。その様の面白いこと。
 ハッキリ言っておく。これはクドカン版『キルビル』なのだ。だから、大局なんて気にするな。パーツを楽しめ。それこそがこの映画の楽しみ方なのだ。
 それにしてもクドカンである。ぼくが、いや、世の男が抱いているであろう宿願がここにはある。そう、それは『ヌーブラを装着した女性の姿』。世にヌーブラなるモノが登場して数年。でも、ぼくの周りにつけてるって女性は聞いたことないし、ましてやつけている姿なんて見たことがない。そう、見てみたい。そう思っていたのはぼくだけじゃないはず。ありがとう、クドカン。ありがとう、円山くん。ナイス妄想。
 そしてもうひとつ濡れたシュミーズ姿の女の子。白いシュミーズから透ける下着。これって『北の国から〜初恋』のレイちゃんが原体験だよね。エロじゃないんだ、清楚なんだ。キャミソールじゃダメなんだ、シュミーズなんだ。ありがとう、クドカン。ありがとう、円山くん。ナイス妄想。
 エンケンにはびっくりこいた。坂井真紀には熱くなった。妄想と現実の狭間の日常。ありえないがありえるに変わりそうなドキドキ感。それがなくっちゃ、日々は楽しくないもんね。
 中学生円山の妄想は止まらない。でも大丈夫。それこそが健全な中学生・・・いや、男なのだ。世界は妄想で動いているのだ。映画も、ドラマも、小説も、マンガも、アニメも、ゲームも、すべては妄想の副産物に過ぎないのだ。ビバ妄想!サンキュー妄想!妄想万歳!


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秦組vol.5「タクラマカン」を観る(13.6.1)

 泰建日子。『アンフェア』などのドラマ化された作品の原作者として記憶していたので、演劇畑の人とは知らなかった。今回の上京にあたり、なにか面白そうなお芝居はと検索したら、泰建日子がヒットしたので、興味を持った次第です。なので、泰建日子は女性だと思ってたし、主演や共演が元モー娘やアイドルグループのメンバーだなんて知らなかった。結構な驚き。
 軍による統制と部落差別の残る彼の国で、「人でなし」と呼ばれる者たちと軍の上層部に立ち差別を無くそうと奮闘する女性将校の物語。命すら軽んじられる非業の中、両者が解り合え、新しい未来を拓くことはできるのか。
 若い芝居だとまず思った。もちろんいい意味で。出演者の多くが若手で、主演の矢島舞美も新垣里沙も全力で演じている。それを強調つける矢継ぎ早の台詞の応酬と場面転換。誰もが声高らかに早口で。なんか夢の遊民社を観ているかの気分。もちろん作風は別として。そんなこんなの若さが溢れている。
 その一方で、もう少し緩急を使い分ければとも思ったかな。ー本調子になっちゃうんだよね。間とか余白がないと。開演前、作・演出の泰建日子本人が「短かくしようと努力したが、どうしても2時間30分になってしまう」って言ってたけど、詰め込み過ぎかもしれない。なんて、素人の知ったかぶりだけど。
 矢島舞美、手足長くてすごく舞台映えしてた。アイドルだからかわいいし。今回は張った声しか聞けなかったけど、面白そうな素材かも。目指せ天海祐希で。
予備知識なしの観劇も、いいものですね。


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「不道徳教室」を観る(13.5.30)

 これぞ岩松了ワールド。現実と虚構が入り混じり、時間軸がめちゃくちゃに入れ替わる。戸惑いの連続。頭フル回転。終演までに答えにたどり着けるのか?
 いやいや驚き。初めて来た神奈川芸術劇場大ホール。新しい劇場の匂いがまだ漂うロビーを抜け、ホールに入ってびっくり。とにかく近いのだ。舞台と客席が。だから、主演・大森南朋の爪の白い部分までハッキリ見えちゃう。等身大の出演者たちが。
 だから、目線が絶えず出演者を追ってしまう。俯瞰してみるのではなく、一人ひとりを、一言一言を。これがこの物語のストーカー要素を観てる者にも植えつけるのかな。
 誰が誰を追いかけているのか。細切れに演じられるシーンを頭の中で必死に組み立てる。まるで四次元パズルのよう。その難解さを、仲良し三人組が時に増幅させ、時に和らげてくれる。緊張と緩和。上手いです。さすが。
 で、結局終演までにパズルは組み立てられなかった。どうしてもループしてしまって。で、ビール飲みながら感想を言い合っているときに気がついた。与えられた条件を捨ててみれば、話はつながる。これ以上はかけないけど(まだ観ていない人のため)、岩松了らしさ出まくりですな。
 ホント、観るものに緊張を与えながらも楽しませてくれる作品だった。


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井上夢人「the TEAM ザ・チーム」を読む(13.5.29)

 テレビのバラエティ番組で人気の霊導師・能代あや子。招霊の木の枝で彼女が読み解く相談者のあれやこれや。刑事事件の解決にまでつながったお手柄の数々。これらすべては彼女の霊力・・・ではなく、彼女のバックに構える優秀な調査チームのお仕事だった。
 いやいや痛快。なにがって、このチーム、やってることは非合法かもしれないけど、心情的には「もっとやれ〜!」なのだ。そんな彼らの活躍が余すことなく各人の目線で描かれている。
 不法侵入による情報収集のプロ、ハッキングによる情報収集のプロ、能代あや子のマネージャーにしてチームの要。彼らがウラで動く姿と、その集大成としての番組収録&エピローグ。もちろんそれだけじゃないんだけど、とてもひきつけられるつくりなのだ。誰かが突出しているわけでなく、みんなが力を合わせ、相談者の真実を突き止めていく。
 元ネタは「地獄に堕ちるわよ」のあの人なんだろうけど、彼女の霊視にそんな裏はないのだろうけど、妙に納得してしまうんだよね。この作品、少なくともTBSではドラマ化されないんだろうなぁ。すごく面白いのに。
 もっと読みたい。続編はないの?って思いながら読んでたけど、見事な捌き方してくれちゃって。これもまた、作者の技量のすごいとこ。読者は地団駄踏むしかないのです。とかいいながら、このチームが違う形で復活するのを祈っています。作者のすごい技量によって。


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「石川さゆりコンサート2013」を観る(13.5.21)

 日本の歌、日本の心。四十過ぎたら一度味わっておかねばと思い続けた演歌の花道。そしてついに“さゆりスト”デビューなのです。
周囲は熟年“さゆりスト”。『津軽海峡・冬景色』と『天城越え』目当ての新参者、果たしてついていけるのか?
 なんて迷いは杞憂でして、赤い振り袖を身にまとい、ハナから『津軽海峡・冬景色』。いきなりのトップギアに戸惑ってるヒマなどありません。「歌う声が胸をゆする泣けとばかりに〜」。きたきたきたー!さゆり節、響いてますぞ。
 ところが演歌は潔い。2番でスッパリ終わるのだ。ちょっと間奏入れて1番のサビをリピートすれば、ー曲目からノックダウン必至なのに、それをやらない。オザケンならサビ3回はリピートだぜ。演歌が字の如く「演じて歌う」歌だからかな。必要以上の余韻は残さず、次の歌を演じる。聴き手も引きずらずに次の歌に集中する。奥が深いぞ、“にっぽんのうた”は。
 あとは次々と違う石川さゆりが物語を歌いあげる。妖艶だったり、純真だったり。時におきゃんでお転婆だったり。「ウィスキー、大好きです」って叫びたくなったり。
素敵な歌ばかりの中で、特に耳に残ったのが、さゆり版ボブ・デュラン『 』。かっこいいです。
 民謡メドレーで日本を縦断して弾け、舟甚句で彼の地に想いをはせ。さゆりワールド堪能です。そしてラストは『天城越え』。もうドッカーンなのです。もちろん潔く2番まで。どこまで演じ歌うことにストイックなんだろうか。
 アンコールでは琉球の風も感じられ、大満足の演歌デビューでした。
 しかし、『津軽海峡・冬景色』を十代で歌ってたなんて。子供ながらに成熟したオトナの女性が歌ってたと思ってた。改めておどろきです。


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「天使の分け前」を観る(13.5.12)

 傷害による服役履歴を持ち、日々ケンカに明け暮れるも、子供の誕生を機に心を入れ替えようとするロビー。嗅覚が鋭いことに気付き、ウィスキーのテイスティングに興味を持ち・・・。
 なんだろうか、予告を見て勘違いしていたぞ。てっきり、更生の物語だと思ってた。いや、確かに更生の物語なんだけど、「おいおい、それはアリかよ」って感じで裏切られたのだ。ネタバレになっちゃいかんので、あまり書かないけど。あっ、心地よい裏切りなので全然OKね。
 チラシ画像にあるとおり、後半はキルト姿の4人の珍道中なんだけど、なんともおバカで面白い。ちょっと思い前半部を吹き飛ばしてくれる。みんな軽犯罪による社会奉仕仲間なんだけど、ロビーと違い決断できずに揺れている。そのモヤモヤ感、面白くもあり、考えさせられもし。
 ロビーを理解し、きっかけを作ってあげる社会奉仕の指導員ハリー。彼の寛大さの影には、彼の家族に対する想いが込められていると思うんだよね。伏線は張られてたけど、全部描くには上映時間が足りなかったんだろうなぁ。その部分は想像してニンマリするか。
 楽しいだけじゃない、いろいろと考えちゃう映画だった。キルトを着ると違う風景が見えるかもしれないかな。


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有川浩「フリーター、家を買う。」を読む(13.5.5)

 好きな作家の作品の映像化、見ます?読んでから見る?見てから読む?
 映像化されたものを見てファンになった作家ももちろんいるけど、ぼくはすでに好きな作家なら読んでから見たいと思うのです。でも、基本文庫版で読む派なので、人気作家だと文庫になる前に映像化されることが多くって。有川浩は今いちばん映像化される作品を書く作家だから、いつも葛藤するんだよね。
 『フリーター、家を買う。』は数年前にフジテレビ系列でドラマ化された。もちろん、見ませんよ。我慢我慢。なのに、読み始めると主人公・誠治の顔は二宮和也しか思い浮かばず。その他の配役は知らなかったので思い浮かびもしなかったけど。
 読み始めて驚いた。こんなに深刻なSTORYだったのか。うつ病、ニート、町内いじめ、家庭不和・・・。負のスパイラルオンパレード。こんなのドラマになったの?ってびっくり。まぁ、どこまでドラマ化したかはわからないけど。正直途中まで読むのがつらかったもんなぁ。もっと軽い話だと思って読み始めたので。
 その分、後半のとんとん拍子が「苦労したもんね、経験したもんね」って温かく見守れるというか。世の中、必ずしもそう上手くいくもんじゃないんだろうけど、周りが見えるようになったことでわかることもあるというのを、作者が体験をこめて伝えてくれる。就職してからの誠治の快進撃は、読んでるこっちがスカっとしたもん。
 有川浩、現在『図書館戦争』『県庁おもてなし課』『空飛ぶ広報室』と映像化作品目白押し。『図書館戦争』は読んだからあれだけど、ほか2作品はまだ文庫化されていないので、もちろん自重。「映像化、早すぎるよ」と思うのはぼくだけだろうか。


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「カルテット!人生のオペラハウス」を観る(13.5.4)

 人生を最後まで楽しむ方法ってなんだろうかと思っていたが、その答えがこの映画にあったのだ。
 ダスティン・ホフマンの初監督作品は、音楽家たちを集めた老人ホームのお話。ホームの運営費を募るために毎年開催しているガラ(チャリティコンサート)の目玉が体調不良で出演できなくなった。そこで白羽の矢が立ったのは伝説のカルテットの復活。でも、一組の元夫婦の感情のしこりが復活を阻んで・・・。
 ぼくにとっては遠い先の話なんて思っていたけど、なんだかんだ言ってぼくも人生折り返してるわけで、残りの人生をいかに充実させるかなんて考えちゃうんだよね。もちろん、今がいちばん楽しいことが最優先ではあるんだけど。で、この映画を観て思った。答えは認めることなのかなって。自分の気持ち、老い、実力・・・。知らぬ間に築いてた自分らしさの檻を解体する覚悟で。まっ、いろいろ背負っているときにはなかなかできないことなんだろうけど。
 そんな勉強もさることながら、単純に面白いんだよね。高齢の方の言動を面白いと書いていいのかは悩みどころだけど、それはそれ、映画だからね。
 ダスティン・ホフマンは同じ表現者として、音楽家たちと自分を置き換えてみてたりしたのかな。


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「趣味の部屋」を観る(13.4.29)

 みなさんはどんな趣味をお持ちですか?ぼくは広く浅く、いろんなものに首を突っ込んでは、すぐ飽きるという繰り返し。いかん、いかん。
 「趣味の部屋」は料理、江戸川乱歩の初版本、ガンダム、亀の飼育、模索中の5人の男が、それぞれの趣味を楽しむために共同で借りている部屋での、ワンシチュエーションコメディ。とりあえず札幌公演が大千秋楽だったようだから、ちょっとはネタバレもOKだよね。
 亀の飼育好きの男が行方不明になったことから、女人禁制の部屋に婦人警官が乱入。職務質問していくうちに、4人の男の本音が出始めて。この部屋の本当の目的とはなんぞや。
 とにかく男たちがかっこよい。ときにダンディ、ときに駄々っ子と、場面場面で違った表情を見せるんだけど、それらを含めてカッコいいのだ。そして面白いのだ。役者の上手さもさることながら、脚本の秀逸さと演出の巧みさが噛み合った作品なのだ。脚本と演出って同じ人が多い昨今、別々なのに一体感がある作品って、よっぽど息が合ってないと作れないと思うんだよね。新感線やこまつ座みたいに。それができているんだよなぁ。古沢良太と行定勲って初タッグじゃないのかな・・・。
 とにかくこの作品のカギは『ガンダム』なのだ。えっ?ガンダムでいいの?いいんです。あちこちに散りばめられた名セリフとネタ。ガンダム直撃世代にはたまりません。でも、観客全員に伝わったかは・・・。もちろん、ガンダムは本編の主題ではないし、主題の『趣味』はゆるぎなく中央に構えていたから、ガンダムがわからなくったって問題はないんだけど、より楽しむにはガンダムなんだな。ゆえに、よくぞそこまでガンダム推しに踏み切れたものだと感心もしてしまう。
 もちろん奇才・古沢良太の脚本だもん、一筋縄ではいきません。いろんな意味で裏切りの連続です。よかったです。もっとたくさん舞台作品を執筆してください。


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誉田哲也「世界でいちばん長い写真」を読む(13.4.19)

 誉田哲也の青春小説がとても好き。二人の女性剣士の友情を描いた『武士道シリーズ』、ミュージシャン・夏美のロック道を描いた『ガールシリーズ』。どちらも目標に向かって駆け抜けていく疾走感がたまらなくいい。でも、どうして女性ばかり?
 なんて思ってたら、少年が主人公の青春小説登場。待ってました。で、どんな勝気な少年だ?って思ったら、おいおい覇気のない少年ではないか。ノロブーなんて呼ばれてからかわれている。宏伸よ、君は突っ走れるのか?
 突っ走るだけが青春じゃない。悶々と悩み過ごすのも青春のひとつの形。そういえばぼくもそうだったっけ。でも、それが人様にお読みいただける小説になるのか・・・なってる。突っ走らなくったって、悩む姿だって、青春そのものなんだ。光を見つけるためのもがき、見つかったときの昂り。たとえそれが不器用なノロノロ歩きでも、大きな一歩につながるかもしれない大切な躍動なのだ。
 世界でいちばん長い写真は、宏伸にとって大切な光であり、貴重な一歩のきっかけなのだ。
 それにしても誉田哲也の描く女性は走ってるなぁ。あっちゃんなんて、夏美ばりのロック道だぜ。
 で、ぼくの青春は読み物になるのかな?


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「三つ巴落語会 in 岩見沢」を観る(13.4.17)

 桂吉弥、柳家喬太郎、春風亭昇太。平成に入って何度目かの落語ブームと言われる昨今でも人気のこの3人が一堂に会する落語会が、なんと岩見沢であるんだとか。なんで岩見沢?って疑問はさておき、平日だけど車を飛ばせば会社から1時間あれば会場に着くだろうってことで、聞きに行くことに。この組合せは北海道ではなかなか実現しないだろうしね。
 まずは開口一番・・・いわゆる前座です。春風亭昇羊(昇太師匠のお弟子さん?)の『転失気(てんしき)』。「転失気=おなら」をめぐるひと騒動。知ったかぶりの応酬噺し。若々しい口調が丁稚さんに合っているのです。
 続いて上方の人気者・桂吉弥。NHK連続テレビ小説『ちりとてちん』の兄弟子役で知ったんだけど、あの頃と比べ貫禄というか恰幅がよくなられて。NHKで共演されている仁鶴師匠の真似がうまいんだな。そんな枕のあとに演じたのは、代名詞というべき『ちりとてちん』。とても陽気なちりとてちん。これぞ上方って感じで楽しかった。
 仲入り前に登場は柳家喬太郎。楽屋ネタ(東京⇒北海道遠征の服装)で場を温めておいて、『かぜうどん』。酔っ払いと鍋焼きうどん屋のテンションの差に大笑い。喬太郎師匠、バカボンに似てるから、酔っ払いのテンションと相まってたまらなく面白いのね。で、そこからのひそひそ話。このギャップもまたお見事で。”ちりとてちん”や”屋根上の人質”なんて臨機応変に言葉を織り交ぜ聞かせます。
 仲入り後は三増紋之助の『江戸曲独楽』。これがすんごく面白かった。確かなる腕と、紋之助師匠の人柄なのかな。見せるだけの曲芸にとどまらず、一体感を持たせるのが上手いんだよね、きっと。ちょいとしたハプニングもまた人柄が出てよかったなぁ。昇太師匠曰く「失敗するとこ初めて見た」。あれもこれも含めて、いいもの観させていただきました。
 とりは長寿番組レギュラーの春風亭昇太。二十数年前に毎週見ていた『平成名物TVヨタロー』の頃とあまり変わらない。そういえば先日観に行った談春師匠も出演してたけど、こちらは印象変わったよね。そんな昇太師匠の笑点メンバーがゆえの四方山噺(はよ嫁もらえ噺)に続いて新作『ストレスの海』。彼に倦怠期の奥様を演じさせたらピカイチだよね。艶のない感じが。現在を切り取る新作の雄だね。もちろん面白かったです。

喬太郎師匠、『時うどん』じゃなく『かぜうどん』ですよ


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ライブ・ビューイング 直送ももクロvol.9 平面革命「ももクロ春の一大事 2013」4.14 西武ドーム大会〜星を継ぐももvol.2 Peach for the Stars〜 を観る(13.4.14)

 ももクロが観たいんだ。もう一度あの興奮を味わいたいんだ。全力で歌い踊る彼女たちに、元気と勇気を注入してもらいたいんだ。でも、埼玉まで遠征はできない・・・。ならば・・・。
 ってことで、ライブ・ビューイング初参戦。ライブの生中継を、みんなが集まってでっかい画面で観るイベント。もちろん生ライブ同様、立ち上がって飛び跳ねてOK。会場のZEPP Sapporoは、やる気満々のモノノフたちであふれかえっていたのだ。
 先日観たライブは新作アルバムを中心のセットリストだったけど、今回は関係なし。新旧の名曲が次から次へと放たれる。会場のモノノフ、一瞬たりとも見逃すまい、聴き逃すまい、ノリ遅れまいと、魂こめて「おりゃ!おいっ!」「おりゃ!おいっ!」。
 西武ドームって広いよね。きたえーるでさえ、「ももクロちっちゃ」って思ったのに、西武ドームのスタンド席だったら彼女たち米粒くらい?そう考えると、ライブ・ビューイングの方がしっかり観ることができるかも。ただ、目線は中継カメラに制限されちゃうけど。
 松崎しげる、広瀬香美、坂本冬美といった豪華ゲスト陣との競演もよかったけど、パフォーマーたちのステージもよかったけど、やっぱいろんな曲がてんこ盛りってのがすごくよかった。特に先日のライブで聴けなかった曲がいっぱいで。『ワニとシャンプー』と『Chai Maxx』聴けてよかった、盛り上がった。そりゃそうだよね、4時間30分にもおよぶ豪華なライブなんだもん。生バンドの演奏もよかった〜。なにより、全力の彼女たちが観ることができてよかった。また元気もらったぜ。
 つぎは横浜日産スタジアム。遠征しちゃう?でも、会場がでかすぎて、すごくちっちゃそうだなぁ。またライブ・ビューイングしちゃう?


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「道新寄席 立川談春 独演会」を観る(13.4.7)

 ぼくにとっておよそ1年ぶりの談春独演会。去年4回あった独演会のうち、3回がコンサの試合や別件で観ることができず、12月の独演会では師匠・談志譲りの『芝浜』を演じたとか。チクショー。今年は全部観に行ってやるとの決意をこめて、今年全3回の独演会の通し券を購入。今年こそ全部観に行ってやる。
 さてさて、今回の談春独演会はさだまさしと柳家三三いじりでスタート。そのあと、東京の桜事情(季節の花々が一気に開花)に続いて『花見の仇討ち』へ突入。
 落語の醍醐味だよね。おバカな面々のどこまでもおバカなお噺。花見で目立とうと仇討ちもどきの芝居をうつことにした4人のドタバタ顛末記。段取り踏んでるときから笑えるのに、いざ本番となったらもう、てんでばらばらで。談春が「落語の登場人物の中で一番好き」という六さんのおじさん、演じる談春がノリノリなので、観ている方も大爆笑。全体を通してズルいとしか言いようのない怪演だった。
 仲入り後は『お若伊之助』。元は三遊亭圓朝作の『根岸お行の松 因果塚の由来』。愛しい人を想うがばかりに、狸の子を宿してしまうお若と、その周りの人たちのお噺。とにかく鳶の親分のあたふたぶりが最高。談春がまさに根岸〜両国を二往復激走してるかのような熱演ぶり。「女性からの印象が悪かったから」ということで、元のお噺を談春流に改定。古典がかつては新作であったように、その時代時代に合わせた改訂だったり、作りかえってやっぱり必要なんだろうなぁ。古典だって進化するし、新作だって古典になるだろうし。落語の延々と続く営みを垣間見たような気がした。
 今回は春にちなんで桜のお噺が二題。次は夏、8月の開催。夏のお噺・・・怪談?なにはともあれ、楽しみです。


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万城目学「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」を読む(13.4.3)

 スケールの大きいファンタジーが信条と思ってた万城目学が描いた半径500m以内のスモールワールドファンタジー。小さな女の子(小1)とアカトラ猫の日常に潜んでいそうな小さなファンタジー。
 いつもスケールの大きなホラ話に打ちひしがれるのに、今回はその小ささ、素朴さに打ちひしがれてしまった。
 指のおしゃぶりをやめて知恵が啓かれ、好奇心絶賛発動中のかのこちゃんと、玄三郎という老犬の伴侶を得て留まる場所を見つけたマドレーヌ夫人。二人の目線から見る日常が、ちょっぴりの「またまた、ウソでしょ?」なスパイスが加わり、素敵なファンタジーに味付けられるのだ。
 ちょっとだけ普通じゃない日常、その程度なのになんか心に響くんだよね。飼い主と飼い猫の関係も、それ以上の強いつながりがあるように思え、じーんとしちゃう。
 何気ない日常の中に潜むファンタジー。壮大であることだけが胸を打つわけじゃないって、再認識した。ぼくの変わりのない日常にも、ちょっとのスパイスによりファンタジーになるタネが潜んでいるのかな?
 で、かのこちゃんのお父さんの職業って、学者か学校の先生なんだよね、絶対。


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ももいろクローバーZ JAPAN TOUR 2013「5TH DIMENSION」を観る(13.3.30)

 今の音楽シーンの中で一番勢いのあるのって、そりゃもう「ももクロ」でしょう。そんなももクロを旬の観ておこうと、モノノフとなってLiveに参戦。正直言うとただ単なるファンなのですが。
 モノノフならばグッズを購入しなくてはと、開場が16:00にもかかわらず、物販開始の12:00に会場・きたえーるに到着。するとそこには長蛇の列。ももクロの物販を舐めていた。そこからグッズ購入まで、寒さに耐え並ぶこと2時間。身も心も財布の中身も冷え切ったけど、モノノフとして叫び歌える時が来るのが一層待ち遠しくなった。
 無機質って言うのだろうか、原始的な宇宙空間って言うのだろうか。なんとも妖しげなセットに光る、「サイリウム使用解禁まであと110分」の文字。そう、今回はももクロのライブ名物サイリウムやペンライトに使用規制があったのだ。その旨を伝えるアナウンスが流れる・・・えっ?この声はしおりん?しかもナマ。会場すでにヒートアップ。
 サイリウムの使用を規制した前半部は、4月10日に発売される新譜「5TH DIMENSION」からの楽曲を、その世界観をセット、ダンサー、観客とともに5人が作り出している。「サイリウム禁止なのに観客が何を?」って思うでしょ。そこには秘密兵器があるのです。観客席の光を統率し、完全なる一体感がそこに。楽曲は初耳のものが多かったけど、どれもカッコいいのだ。そしてみんな可愛いのだ。

入場時に配られるこいつがとんでもないことに・・・
 サイリウム、ペンライトが解禁となった後半は、これまでどおり元気はつらつナンバーがドドーンと。叫べや歌え、サイリウム振りまくれ。夏菜子のエビ反りジャンプに沸き上がれ!そして「短髪式」に笑いやがれ!
 個人的に「この曲はコールなしで聴かせてよ」って思いもあったりするけど、そんなこと言ったらボコられそうで。
 ちょっとブルーだった気持ちが一気に晴れて、元気もらいまくり。これがももクロのLiveなのか。いやいやこれはハマりそうです。もっと勉強して次のLiveにも参加したいものです。
 来週からは新年度。走れ〜、走れ〜、走れ〜♪


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「レ・ミゼラブル」を観る(13.3.29)

 これがレミゼなのか。夏休みの読書感想文用の推薦図書にあった『ああ無情』。もちろん読まなかったけど、こんな物語だったのね。知らなかった。
 とにかく圧倒された。圧政続くフランスを重い空(腫れがない)が描き出し、全編に流れる歌が空の重さを振り払うように響き渡る。仮釈放中の危険人物ジャン・バルジャンが過去に負われながらも希望の光と安息の日々を求める物語。彼を執拗に追い続けるジャベール、生きる支えのコゼット。革命への狼煙が上がる中、彼らの人生も大きく動き出す。
 逃げるヒュー・ジャックマンと追うラッセル・クロウ。フランスが舞台のハリウッド映画でオーストラリアの俳優が高らかに歌う。なんか面白い組み合わせ。
 いやいや、面白かった。きっと小説で読んでたら挫折しただろう。その暗さと重さに。でも、ミュージカル映画という朗らかさが、暗さを押しのけ楽しませてくれた。ジャン・バルジャンが無事逃げ延びることを絶えず祈りながら。
 鑑賞後、革命に蜂起しながらも生き延び、富豪の子息に戻ってコゼットと結ばれたマリウスの今後のことを思うと、気になってしょうがない。赤い旗の下、ドラムの響きを胸に共に権力に立ち向かった親友たちの死を、壮絶なジャン・バルジャンの人生を受け入れたマリウスが、その後どう生きたのか。彼はボンボン暮らしを満喫したのか、それとも再び権力に立ち向かったのか。
 なんだか劇場ミュージカルも観たくなった。松たか子のナマ歌を聴きたくなった・・・けど、もう松本幸四郎・松たか子親子のレミゼはやってないんだよね。残念。
 面白かった〜。


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「ジャンゴ 繋がれざる者」を観る(13.3.25)

 タランティーノ監督作品、やっぱ面白いなぁ。
 南北戦争前のアメリカ南部。賞金稼ぎに請われ、自由の身となった黒人奴隷・ジャンゴ。賞金稼ぎの相棒として頭角を現していく。彼には奪われた愛する妻を取り戻すという強い信念のもとに。
 エッジが効いてるんだよね、脚本にも演出にも。一つ一つのエピソードが面白いし、キャラクターが立っている。これぞタランティーノってやつで。
 ジャンゴの哀愁と力強さ、Dr.キング・シュルツの老獪さと狡猾さ、キャンディの狂気と非情さ、スティーブンの憎らしさ。それらが一体となった緊迫のシーンなんて、すごくぞくぞくしたもん。アカデミー賞最優秀脚本賞受賞だもん、間違いないのは知ってるけど、最高。
 やっぱりDr.キング・シュルツだよね。キャラ良すぎ。あの時代にして、ドイツ人だからか人種差別をクソと思い、偏見を持たずに人と付き合える。いつもユーモアを忘れずに。それでいて、容赦ないんだよね。そのギャップと、なにやっても憎めない雰囲気、クリストフ・ヴァルツがアカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞するわけだよ。彼を観ているだけで十分元が取れた気分になる。
 ジェイミー・フォックスのダンディさも、悪役初挑戦のディカプリオも、ホント憎たらしい役にハマリまくったサミュエル・L・ジャクソンもすごいんだよ。
 残酷で眼を覆いたくなるシーンもいくつかあったけど、そこは眼をつぶってやり過ごせば、楽しく爽快な物語を堪能できます。
 やっぱ、タランティーノは面白いなぁ。


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「人生、ブラボー!」を観る(13.3.18)

 『人生、ブラボー!』というより『家族万歳!』かな。
 言うならばサンデーサイレンスか。スターバックの名で693回の精子提供で533人の遺伝子上の子供を持っていたダヴィッド。もちろん本人そんなこと知る由もなく、ダメダメな毎日。恋人が妊娠しても「一人で育てる」と言われる始末。そんなある日、成人した遺伝子上の子供たちが「父に会いたい」と集団訴訟を起こした。どうする?ダヴィッド。
 父親になるのって実感がないものなのかもしれない。なったことないからわからないということもあるけど、もしかしたらなってるのかもしれないし。でも533人はさ。それがいっぺんに、しかもすっかり成長して。どんな気持ちになるんだろうか。やっぱ、逃げ出したくなるんだろうな。
 でも、ダヴィッドは男なんだよね。好奇心から始まった子供を見守る行為が父親への実感に変わっていき。その感情の揺れ、家族への想い。なんか伝わるんだよね。世紀のオナニー野郎の本当の顔。決して言い訳しない男の姿。そんなダヴィッドだから、素敵な子供たちが会いたがるんだよね。
 素敵な映画でした。


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「アルゴ」を観る(13.3.17)

 朝、新聞の映画欄を見て驚いた。アカデミー賞最優秀作品賞作『アルゴ』が蠍座で上映されていた。しかも明日まで。すっかり見落としていた。先週上京した際、渋谷で観ようと思ったら満席だったんだよね。ということで、本日の予定を大幅に変更して、鑑賞することに。
 イランからの外交官救出作戦に映画製作をでっち上げるという実話を基にした作品。正直、華やかなコンゲームを期待して観に行ったんだけど、これがさにあらず。めちゃくちゃ緊張感いっぱいの作品だった。
 イランとアメリカの確執って、現在に至るまで脈々と続いているけど、その起こりが何かってのをよく知らなかった(不勉強ですみません)。なので、この映画のエピローグはこの映画を理解するうえで、ぼくにとってとても大切だったし、そこから緊張が走り続ける。華やかなのは作戦を企てるハリウッドのところくらいか。それがいい息抜きになっている。あとは製作しているはずの『アルゴ』というSF映画などまるでお構いなし。タッチの差の緊迫がそこかしこに。
 救助されるってことはわかっていても、迫り来る恐怖におののきながら、手に汗握って観入ってしまう。すごく力のある作品だった。期待していたものと大きく違っていたけど、期待以上の作品だった。
 で、ぼくの一番のお気に入りは、「グルーチョか」ってところ。満員の館内、ぼく一人だけ大爆笑だった。えっ?みんな知らないの?


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「ストロベリーナイト」を観る(13.3.15)

 優しいだけの男じゃダメなのね。甘く危険な香りがないと。
 テレビで好評だった誉田哲也の警察小説の映画版。主人公・姫川玲子率いる姫川班最後の事件は、警察組織を揺るがす大きなヤマだった。
 番宣がすごかったので、実直なナイト(騎士)菊田と危険な男・牧田の対立はわかっていたけど、やっぱり菊田を応援してしまう。菊田には姫川の持つ闇は理解できないかもしれないけど、誰よりも姫川を見守ってきたのだから。でも違うんだよね。もう、菊田に感情移入しまくっちゃうよ。
 今回姫川が追うのは暴力団員の連続殺人。でも、そこには警察により封印された9年前の事件が絡んでいた。姫川に加わる上層部からの圧力。信念を曲げずに真実を求める姫川。姫川を信じ見守る姫川班。目の前に現れる危険な男。暴力団の抗争に隠された真実とは?そしてその真実は明らかになるのか?
 面白かった。悔しかったけど面白かった・・・菊田〜。
 最近、世に出される警察ものの多くが警察の不祥事を扱っている。正直またかよって感もある。でも、ここまで多くの作品が出てくるってことは、それだけ多くの不祥事が警察内部で起きているということ?それがホントなら怖いなぁ。警察からクレームつかないのかな?
 最後にひとつだけ苦情を。明らかに確信犯のミスリードを誘うCMはいただけない。必ずしも製作者の意図ではないのかもしれないけど、せっかくのいい作品なのに、つまらん捏造で客釣らんくてもいいでしょうが。


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海堂尊「マドンナ・ヴェルデ」を読む(13.3.12)

 海堂尊の桜宮サーガでも他とー線を画す帝華大が舞台の『ジーン・ワルツ』。時間軸や事象はそのままに、視点を変えて描かれたのが本作『マドンナ・ヴェルデ』だ。『ジーン・ワルツ』では限りなく影が薄かったのに、最重要パーソンとなった山吹みどり。彼女の視点から物語が描かれることにより、産婦人科の問題点を問うた物語が子供を欲っするということ、授かり産むということの意義と現実の物語に変化する。理論から感情論への変化。その葛藤が物語の主題のひとつとなっている。面白い。
 本作はNHKでドラマ化されている。海堂ファンとしてはドラマの色を読書に持ち込みたくなかったので、当然観ることはなかったんだけど、『ジーン・ワルツ』を飛び越えてドラマ化しても理解を得られるのか、疑問に思っていた。でも、2つの作品は絡み合って入るけれど独立もしていたので問題ナシだったようで。『ジーン・ワルツ』は映画化されたけど、あの内容はNHKでのドラマ化は到底無理だったろうから。
 みどりにとってはあわただしく過ぎた9ヶ月だったのかもしれないけど、読んでいると時間がゆっくりと優雅に流れているように感じられる。生命の尊さを、その重みを噛み締めるかのように。
 ミステリィではない桜宮サーガ。でもヤマ場と逆転劇はありで、楽しいながらも考えることのできる作品だった。


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「テッド」を観る(13.3.6)

 これはコメディ映画ではない。ブラックでダーティなメルヘン映画なのだ。
 確かに劇中で発せられるジョークはこの上なくくだらないし(でもそれが面白い)、時にまるで笑えないものもある。でも、その全ての根源は「友達が欲しい」と祈った少年の純粋な心であり、何十年も続く友情の証しなのだ。たとえその友情が間違った方向にズレ進んだとしても。
 少年ジョンの祈りにより心を持ったテディ・ベアのテッド。一時は有名セレブだったテッドも今やすっかりやさぐれた不良クマ。でも、ジョンとの友情は変わらない。雷兄弟として。ただ、大人として変わらねばならない時が来ていることに気づかずに。ジョンの彼女ロリーとの恋により、雷兄弟に転機が訪れて。
 テッドのジョークもさることながら、雷兄弟の根底に流れる『フラッシュ・ゴードン』をはじめとするサブカルチャーにニンマリ。ぼくとしては『ブリジットジョーンズの日記』のクダリに大爆笑だったんだけど、周りはウケてなかったなぁ。ここがわからなきゃ『フラッシュ・ゴードン』もわからんと思うが。エロいテッドなら『フレッシュ・ゴードン』にも触れて欲しかったけど、それやっちゃ物語の展開(ゲスト)に支障を期たしたか。
 ということで、切なる願いは叶えられる…かもって、かなり屈折したメルヘン映画でした。


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荻原浩「オイウエア漂流記」を読む(13.2.25)

 無人島に漂流したらどうするか・・・。どうするだろう、あきらめて自暴自棄になるかな、ぼくは。
 荒天で飛行機が墜落し、南の島に漂着した10人と1匹。「すぐに救助が来る」なんて楽天的な考えが大半を占める中、現実は甘くなく、究極の共同生活が始まった。
 そりゃ大変だよね。結局ほとんどが他人であり、それぞれにバックボーンがあるわけだから、一致団結して苦難に立ち向かうなんてできないよ。当然ぶつかると思う。ぼくなんか根に持つタイプだから、厳しいよなぁ。
 ここに暮らすんだ、助けはしばらく来ないんだと腹をくくってからは、それぞれが持つスキルを出し合って、共同生活を進めていく。ここ、物語のカギだよね。誰か何かしらのスキルがある。あるものは能力として、あるものは所持品として。それらが生きていく上でのピースとして、重なることなくはまる。意地悪な見方をすると、どうしてうまくばらけ、どうして必要最低限が揃うのか?考えちゃいけないことか。
 そこを素直に読み進めると、ピースのハマリが奇跡の連鎖となってファンタジーと化すんだよね。そう、漂流記って、ファンタジーなんだよ。
 紆余曲折ありながらも、前向きな10人の究極の共同生活は、やってる本人たちには申し訳ないけど面白く読めるのだ。まっ、フィクションだから申し訳なくもないか。


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恵比寿マスカッツ解散全国ツアー2013「ABAYO」(~o~)/〜を観る(13.2.16)

 恵比寿マスカッツって知ってる?実はぼく、ほとんど知らなかったんだよね。たまたまチケットサイトの先行予約を確認してたら見つかって。で、知らべたら【逆走アイドル】なんだとか。しかも今回のツアーをもって解散するとか。ならば話のネタに観ておこうかって。
 逆走アイドルって抜群のネーミングだよね。AV女優やセクシー系グラビアタレントから構成されている故のネーミング。そんで、みんな綺麗なんだなぁ。「こんな娘が・・・」って思っちゃうよな可愛さで。そんな彼女たちの中から10名ほどが今日の札幌Liveに参戦です。9割がた野郎の観客が野太い声でお出迎え。
 ぼくも健全な男子だから、ズラリ並ばれるとどの娘が好みか選んでしまうんだけど、普通にそばにいたらどの娘でもOKって言っちゃうんだよね、きっと。
 楽曲はまるで知らないし、どうやら彼女たちのTV番組があるらしいことも知らずに観てたんだけど、それでも十分楽しめた。キャミソール&ショートパンツ姿で歌い踊り、客を煽る彼女たちの姿と、徐々に首筋から胸元に滲む汗がライトで光るのを観るだけで、ニンマリしてしまう。オヤジ丸出しだね。
 他にも札幌限定らしいんだけどTV企画のムチャぶりあり、サプライズゲスト「マッチで〜す」からのエアギターあり(個人的に一番盛り上がった)、なにも知らなくても楽しめた。
 あと、「エロい金八先生」にはKO寸前です。


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「劇場版HUNTER×HUNTER〜緋色の幻影(ファントム・ルージュ)〜」を観る(13.2.10)

 北海道では現在金曜日深夜に放送している『HUNTER×HUNTER』。その前は日曜朝に放送してたので、なんとなく観てたんだよね。その流れで今は毎週録画して。原作読んだことなかったので、「ほほう、なるほど、おもしろい」って感じで。そんでまたその流れで今回は劇場版を。
 主人公ゴンの友人で一族(クルタ族)を幻影旅団に皆殺しにされた過去と、クルタ族の象徴である緋の眼を持つクラピカ。その緋の眼がなにものかに奪われた。クラピカの窮地に集まるゴン、キルア、レオリオら仲間たち。そして幻影旅団の面々。クルタ族滅亡の謎がここで明かされる?
 普通に楽しかった。なぜ普通かというと、前フリが大きかったので、STORY的にもっと深い解釈が明かされることを期待していたので、そこのところはハズレかな。あと、映画の尺の問題もあるんだろうけど、ゴンが精神的にオトナすぎて冷静沈着の極みであるのに対し、キルアが12歳の子供まるだしなのもちょっとやりすぎ。でも、ゴンたちだけじゃなく、幻影旅団の一人ノブナガがとても魅力的だったんだよね。ある意味そこが一番の見どころだったかも。
 エンドロールみて気付いたんだけど、クラピカの声って沢城みゆきさんなんだね。『峰不二子という女』の妖艶な不二子役のイメージが強かったので、びっくり。さっきググったら、『宇宙兄弟』のせりかさんもそうなんだ。
 HUNTER×HUNTERの劇場版は第二弾もあるそうなので、本当のクルタ族滅亡の解明や、幻影旅団の過去が語られるのかな?


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ゲキ×シネ「髑髏城の七人」を観る(13.1.25)

 久々のゲキ×シネ。待ちに待ったゲキ×シネ。だって、東京へ行く機会は少ないし、そもそも新感線のチケットはなかなか獲れないし。で、今回のゲキ×シネはいのうえ歌舞伎の代表作『髑髏城の七人』。過去4回上演されているんだけど、まだ一度も観たことなかったんだよね。
 豊臣秀吉の小田原城攻めのアナザーストーリー。時代設定は『のぼうの城』と一緒だね。関東で独自に秀吉征伐を狙う関東髑髏党と、髑髏党に因縁を持つ者たちの闘いの物語。笑いと涙と派手な立ち回りがウリのいのうえ歌舞伎の原点でも。
 やっぱり主役の小栗旬に目が行ってしまう・・・と思いきや、早乙女太一登場で流れが変わった。なんったって、その流れるような殺陣の美しさに目を奪われるのだ。大衆演劇で習得した所作振る舞いが、いのうえ歌舞伎にジャストフィット。そういえば松井誠もいのうえ歌舞伎に出演してたな。それが中盤になると森山未來に圧倒されることに。早乙女太一の正統派の殺陣とはひと味違う、ダンスベースの力強い殺陣。これもまたカッコいい。でも最後は小栗旬の熱さがきっちり締めてくれる。勝地涼とのコンビネーション殺陣は、早乙女、森山にも負けないくらい。
 演者の特性に合わせた演出。うまいなぁ。これだけでもとても楽しめるんだけど、小池栄子のキップのよさ、仲里依紗のお転婆ぶり。アテ書きしたんじゃないかってほど、ぴったりなのだ。その上、脚本自体が面白いから言うことないんだよね。
 ゲキ×シネならではのカメラアングルや映像効果、飛び散る血飛沫。でも、お芝居のライブ感はビシバシ伝わる。特に森山未來の汗汗汗。
 ナマ観劇とゲキ×シネの両方を観れたら、楽しさ5倍増くらいなのかな。
 せっかくなので、これまでの『髑髏城の七人』のキャストを較べてみた。蘭兵衛って過去2回女性が演じてたんだね。演出の差を見比べるのも面白そうだなぁ。
初演
1990年
再演
1997年
アカドクロ
2004年
アオドクロ
2004年
ワカドクロ
2011年
ゲキ×シネ
捨之介 古田新太 古田新太 古田新太 市川染五郎 小栗旬
天魔王 古田新太 古田新太 古田新太 市川染五郎 森山未來
蘭兵衛 鳳ルミ 粟根まこと 水野美紀 池内博之 早乙女太一
兵庫 橋本じゅん 橋本じゅん 橋本じゅん (カンテツ)
三宅弘城
勝地涼
沙霧 高田聖子 芳本美代子 佐藤仁美 鈴木杏 仲里依紗
極楽太夫 羽野アキ 高田聖子 坂井真紀 高田聖子 小池栄子
三五 (渡京)
粟根まこと
河野まさと 河野まさと (渡京)
粟根まこと
河野まさと
贋鉄斎 逆木圭一郎 逆木圭一郎 梶原善 逆木圭一郎 高田聖子
二郎衛門 竹田団吾 こぐれ修 佐藤正宏 ラサール石井 千葉哲也
磯兵 磯野慎吾 磯野慎吾 磯野慎吾


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「フランケンウィニー」を観る(13.1.18)

 ティム・バートンのアニメって、懐かしさを感じるんだよね。壮大な野望はないんだけど、子供の頃に思い描いていたような空想がいっぱい詰まっていて。等身大のおとぎ話なんだよね。これがとても心地よくってさ。
 大好きだった愛犬が交通事故で亡くなったんだけど、どうしてももう一度会いたい。ならばどうにかして生き返らしちゃえってことで、生き返った愛犬スパーキーが巻き起こす騒動記。これがそこそこの程よいスケールで、わくわくさせられる。そうだよ、これが等身大なんだよね。
 でも、美しいだけにとどめないキモカワの絵とちょっぴりの毒がティム・バートン流なんだよなぁ。かつて子供だった人たちへのおとぎ話。じんわりと心に染み込むんだよね。ほんのちょっとだけピュアになれる。
 ぼくが観たのは2D字幕版。トシアキの話す英語がちょっとたどたどしいのは、日本人を意識した演出なんだろうけど、吹き替え版ではどうなってたんだろうか?気になるところです。


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SIRO A 10th Anniversary Technoderic Visual Show 2012 THINKRONIZE を観る(13.1.13)

 これがウワサの白Aか。YouTubeで観てすごいとは思っていたけど、ナマで観たらすごさは半端なかった。人間と音と映像が一体となる。どれが主でもどれが従でもなく、それぞれが平等に融合している。すっげー。
 要は反復。同じ位置に同じタイミングで同じ動作を繰り返す。寸分の狂いもなく。言うは易いが行うのは並大抵のことじゃない。それを90分演じ続けるなんて・・・。
 流れるような動きも、コミカルな動きも。どれもがオリジナルであり、どれもが新鮮だった。時間があっという間に過ぎ、すごい満腹感を味わうことができた。どちらも90分とは思えないボリューム。目の前で繰り広げられる圧巻のステージ。どうがんばってもぼくには真似できないし、思いつかない。これで3000円なんて。
 とにかく吸い込まれるようなステージだった。彼らと、彼らとともに踊る光と、その光が照らす次なるステージへ。
 そうそう、オープニングでナイスバディにさせられちゃった。


エスニック
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「グッモーエビアン!」を観る(13.1.11)

 年甲斐もなく涙が。「さよならとありがとうは言える時に言わなきゃダメ」。グサリと胸に刺さった。形なんてどうでもいい。大切なことを感じ、伝え合うことができれば、そこに絆があれば。
 アキ&ハツキ母子と同居するヤグ。血のつながりはなくとも、ハツキ誕生からずっと見守り続けてきたヤグ。職に就かずワールドツアーと称して世界を放浪していた元パンクバンドヴォーカルのヤグ。あんなに大好きで、ツアー中音信不通だったのを心配していたのに、久々に会うと素直になれないハツキ。そんなヤグとハツキをROCKに見守るアキ。家族のようで家族ではなく、家族以上の絆と反発を持つ3人。そんな3人が築く家族の形って?
 正直、文章に書いて説明なんてできないや。頭より先に心が動いたから。考えるより先に感じてたから。素敵な、素敵な、絆の物語だから。
 麻生久美子のROCKな母親、よかったなぁ。『SF』の頃から麻生久美子を見守り続けてきたと勝手に思っているぼくとしては、かわいいからカッコいいに変わっていく彼女に改めて胸キュン。三吉彩花はどんな風にいいオンナになっていくのだろうかって、先が楽しみ。『カラスの親指』に続いて観ることができた能年玲奈もいいよね。もちろん洋くんの熱演もよかったです。
 きっと何回観ても泣いちゃうんだろうな、この作品。そんで、何回でも観たくなるんだろうな、この作品。SOUL MOVIEになりそうな予感。


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夢枕獏「新・餓狼伝 巻ノ二 拳神皇帝編」を読む(13.1.9)

 餓狼伝、連載開始はたしか・・・25年以上前?ぼくが
大学入ったときにはもう始まっていたよなぁ。旧UWFから始まる総合格闘技への流れを作ったかのような作品がこの餓狼伝。我流空手家・文七とプロレスラー・梶原の死闘は、文章で綴られていながらも目の前で繰り広げられているかのようで。すぐさまハマった。早く続きが読みたくて悶々してたっけ。
 なのに、この最新刊、発売されてから1年以上もその存在に気がつかなかった。お恥ずかしい。しかも、前作までの内容をすっかり忘れてしまっている。カイザー武藤って誰だっけ?とほほ・・・。
 でも大丈夫。意を決して読み始めれば、瞬く間に思い出す。あっ、馬場ね。そして闘いの中に飲み込まれていく。【丹波文七vsカイザー武藤】、【堤城平vs巽真】。なんて内容の濃い一冊だ。メインイベント級の対決が2戦も。この闘いを言葉で感じ、堪能するのだ。文七の、武藤の、堤の巽の動きがまるで映像のように見て取れる。その速さも、その重さも。読み終えたときの心地よい疲労感。まさに字で読む格闘技。
 ほんと、今回は内容が濃かった。正直、トーナメントにして一気に文七と巽を闘わせてくれって本気で思った。でもそれはまた先の話なんだろうな。
 『餓狼伝』は本当に終わりを読むことができるのだろうか?文七と象山は拳を交えるのか?巽は文七に何を仕掛けるのか?そして文七と姫川の決着は?
 最低でもどれかひとつはきちんと楽しませてね、獏さん。


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「最強のふたり」を観る(13.1.5)

 どうしても観ておきたかった作品。9月1日公開だから、4ヶ月以上のロングラン。単館系だからできる快挙だよね。シネコン上映じゃなくてよかった。ディノスさん、ありがとう。
 首から下が麻痺した富豪・フィリップと、彼の介護役となった貧困層出身の青年・ドリスの物語。失業保険欲しさに冷やかし同然で介護士の面接を受けたドリス。彼の物怖じしない態度に惹かれ、介護士として採用するフィリップ。そこから最強タッグが生まれるのだ。
 身につまされた。やっぱり心のどこかで障害者の方に対し、一線引いている。「助けてあげなくちゃ」「障害に関する話題は避けなきゃ」なんて考えるけど、それって上から目線なんだよね。気を遣ってるんだよって。で、距離を置いていて。でも、一番大切なのって身近に入ることであり、楽しいこともつらいことも正面から受け止めることなんだよね。って教えてくれた。
 じゃあ、すぐにそれができるかって言われたら、そりゃ難しいよね。わかってはいても。そこには強い信頼関係がなくっちゃさ。まずは、心の中にある上から目線をやめるところから。
 ちょっと話がずれるけど、偉い人との付き合い方も似てるのかな?これは逆に下からヨイショが壁になってるって。敬意はもちもん払うけど、必要以上に下からじゃなくったっていいじゃない。って、これはぼくの実践で。
 いやぁ、いい映画だった。心にズシリときた。いろいろ考えさせられもしたけど、世界観が広がったような気がする。これを気だけにしないことが大切なんだよね。
 そういえばフィリップ家の駐車場に赤いチンク停まってたよね。もちろんぼくのじゃありません。けど、いい映画に同じ車が映ってるって、なんかウレシイ。


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「のぼうの城」を観る(13.1.4)

 2日続けて時代劇の更新です。
 いやいや、観ちゃいました『のぼうの城』。ホントはもっと早くに観たかったんだけど、忙しくてさ。あと、ちょっと悔しさもあってさ。原作はすでに読んでるから、面白いことはわかってたんだけど、キャスティングがさ。ぼくも選んでたのよ、本を読んだときにぼくのイメージで(読書感想にあり)。なかなかの人選だと思ったんだけど、野村萬斎はでてこなかった。萬斎フリークと勝手に思っていたのに・・・。しかもこれがピッタリで。
 のぼう様の陽気で人懐っこいところ、人をバカにしたようなしぐさ、時として見せる凛とした表情。まさに野村萬斎そのものではないか。
 昨日まで軍師の物語を読んでいたためもあると思うけど、将の器と軍師の器って違うんだよね。人心をつかんでこその将。「しょ〜がねぇなぁ」なんて言われながらも、「やってやるか」って言わせるのが将なんだろうなぁ。
 原作者(和田竜)が脚本を担当したので、原作の魅力が損なうことなくスクリーンに映し出され、これなら原作ファンも納得。
 とにかく面白くて、萬斎の魅力が詰まった映画です。


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北沢秋「翔る合戦屋」を読む(13.1.3)

 合戦屋シリーズの完結編。武田信玄がまだ晴信と名乗り、信州平定を目指していた時代。武田に敵意を燃やし、天下一の軍師を志した一武将・石堂一徹の物語。ぼくの大好きな軍師もの。これまでの2作品(『哄う』『奔る』)でその魅力は十分わかっていたつもりだったけど、本書でまた違う魅力を見せてくれた。
 ぼくの頭の中での軍師って、一握りの成功者とその他大勢の敗北者に分かれると思っている。主君が天下人になれば成功者で、そうでなければ敗北者。でも、成功者だけが必ずしも優れているわけじゃないところが面白い。そして、多くの者が合戦の中でその終生を迎える。晴れ晴れと人生を振り返り畳の上で死ぬ者はほんのわずかだろうけど、みんな自分の仕掛けた戦略に思いをはせながら死んでいったんだろうなぁ。なんてさ。
 で、一徹はというと。なにより『哄う』で女のためにその身を捧げたと思っていたのに、華麗なる復活・・・いやいや立ち回りで、再び武田晴信への挑戦権を得ていく。そして・・・ここから先はネタバレになるので。
 一徹のすごさって、自分の野望と大切な人の幸せを天秤で計ることができるってとこだよね。軍師として頂点を目指すなら、野望以外は切り捨てちゃうような気がするんだよね、軍師って。でも、一徹はその戦略さながら、すべてを俯瞰してみる目を持っている。そこがすごい。だからこそ、予想だにしなかった結末に至るんだよなぁ。
 史実の中に散りばめられたフィクション。当然、一徹は架空の人物なんだけど、武田の信州平定に一矢を報いた人間ってホントにいたんじゃないの?なんて思いをはせちゃったりする。そして、一徹がぼくの理想の軍師の一人になったんだな。


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「ONE PIECE FILM Z」を観る(13.1.2)

 ここ数年、年明け1発目の映画はマニアックなものを観てたけど、今年は王道(?)アニメ映画ということで。なんかガキのころの東映マンガまつりみたいな気分。「デビルマンvsマジンガーZ」とかあったよね。
 とはいえオトナも泣ける人気コミックの映画版なんだから、子供だましではすまなかった。
 全海賊の討伐をもくろむ元海軍大将・Zの前に立ちはだかる麦わらの一味。そして一網打尽を狙う海軍大将・黄猿ボルサリーノ。新世界を無きものにするエンドポイントをめぐる白熱の攻防が始まるのだ。
 それにしてもこの映画、ガキにわかるのか?こいつは漢の物語なのだ。漢だから湧いてくるさまざまな感情にグッと来る物語なのだ。館内には小さなお子様がたくさん来ていたけど、彼らに漢が理解できるのかな?『となりのトトロ』テイストを期待してジブリの次回作『紅の豚』を観に来てたお子様のようなことになってたんじゃない?
 で、美味しいところは青雉クザンがさらってく。『紅の豚』もそうだけど、漢には哀愁が漂ってなきゃダメなんだよね。
 序盤、やたらナミのサービスカットが多いと思ったら、帳尻あわせだったとはやられたね。個人的にはロビンの方が好きなんだけど。
 ってことで、漢を感じに観に行って欲しい映画だったかな。それだけですし、それだけで十分ってくらいで。


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